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第1話 冷凍睡眠と蘇生処置

 宇宙船大乗ダイジョウも亜光速で宇宙を飛んでいた五十年の間、なんのトラブルもなかったわけではなかった。

 弥勒ミロクドライブには幸い問題は起きなかった。大乗ダイジョウには、四基の弥勒ミロクドライブが備わっていて、そのうち、二基が稼働していれば問題ない。一基は予備。三基のうちの一基をローテーションでメンテナンスしながら運用する。最終的に予備の一基を修理用の部品取りとして分解することで、残りの三基での運用を最後まで続けることができた。


 弥勒ミロクドライブが正常に稼働し続けてくれたお陰で、亜光速飛行中に衝突する宇宙デブリの問題も起きなかった。弥勒ミロクドライブは、運動の第一法則を無効化する。衝突による運動エネルギーの99・995%は、その影響を受けることがない。


 問題が起きたのは冷凍睡眠装置だった。弥勒ミロクドライブのように、余剰のユニットがあれば良かったのだが、一人でも多くの人を乗せることを優先したために、予備は無かった。そのため、故障を検知した冷凍睡眠装置は、蘇生処置が施され、以後、船内で生活することを余儀なくされた。

 五十年間の航行中に故障した冷凍睡眠装置は、全体の0・03パーセントだった。わずか0・03パーセント。しかし、全部で5千万個ある冷凍睡眠装置の0・03パーセントなので、1万5千個。年間300個。凡そ、毎日1個、どこかで冷凍睡眠装置が故障していたことになる。

 そして、そのうちの1個が天藍テンランが眠る冷凍睡眠装置だった。


 天藍テンランの冷凍睡眠装置が故障したのは、出発から約十年後のことだった。


「おはようございます。天藍テンラン・アヴルさま。ご気分はいかがですか?」

「うーーーーん。もう五十年経ったの?」

「いいえ。まだ約十年です。天藍テンランさまの冷凍睡眠装置に不具合が生じましたので、蘇生処置を行いました」

「えぇ!?」

「不安でしょう。間もなく、お父様のヤークブ・アヴルさまの冷凍睡眠も蘇生処置が完了しますので、そのままお待ちください」


 蘇生処置が施されるのが未成年者の場合、その保護者にも蘇生処置が施されることになっていた。


「ところで。あなたは?」

「申し遅れました。私は、宇宙船大乗ダイジョウのメインコンピューターです。マザーとお呼びください」


 ✿✿


 父親は故障してしまった天藍テンランの冷凍睡眠装置の代わりに、自分が浸かっていた冷凍睡眠装置を娘にあてがおうとしたが、天藍テンランは反撥した。


「嫌よ! それで四十年後にもう一度目覚めても、もうお父様はいないじゃない! そんなの絶対に嫌!」

「同じことだよ。父さんはこの先、四十年は生きられない。天藍テンランが冷凍睡眠装置を使わなければ、結局いつか一人になってしまう。こんな何も無い宇宙船の中で一人ぼっちで何年も、何十年も過ごすなんて。地球に戻る頃には、天藍テンランの肉体年齢も五十歳になってしまう。人生の殆どを過ごすには、この環境は過酷すぎる。それなら、再生した地球での暮らしが長い方が良いじゃないか」

「冷凍睡眠しちゃったら、お父様とは、これがお別れになっちゃう! それなら、いつか一人になるにしても、この先まだ何年もお父様と一緒に居られる方が良いわ!」


 娘の言い分にも一理ある。父にしても、どちらの選択が正しいかなんて、判断の付かない問題だった。それならば、娘の気持ちを尊重すべきかもしれない。そう、思い定め、二人で船の中で暮らす道を選択することにした。

 予想に反し、宇宙船での暮らしは、決して寂しいものではなかった。既に船内で生活を始めている者もいたし、ほぼ毎日のようにそれは増えていった。いずれ、老衰で死ぬ者も出始めるだろう。そうして蘇生するものと死亡する者の均衡が取れるようになるまでは、船内生活者も増えていきそうだった。ただし、大人ばかりだった。天藍テンランと同世代の者が覚醒処置を受けることはなかった。


 ✿✿


 大乗ダイジョウは、船内生活者用にプラント設備も備え付けられていたので、食事には困らなかった。天藍テンランの日々の学習は、マザーが受け持ってくれた。算数や理科の教科は得意だった。一番苦手だったのは、体育だった。地球に帰還した際、重力の影響でまったく立てなくなってしまうのを避けるためには、日ごろの運動が大事だとマザーから何度もうるさく言われたが、単調なジョギング以外の運動設備が無かったため、飽きてしまうのだった。

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