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第3話 ウラシマ効果

 天藍テンラン父子が低軌道シャトルで向かうタプロバニー島は、赤道直下の人工島だ。そこには、大戦前に作られた軌道エレベーターがあった。「天界への架け橋」、「人類の勝利の塔」、「アマテラスの槍」。そんな別名を持つ軌道エレベーターは、第四次世界大戦において、格好の標的だった。各勢力が奪い合い、牽制し合い、そしてどの勢力も奪取できず、奇跡的に残された。どの勢力も破壊ではなく、手中に収め、覇権を握ろうとした結果だった。衛星軌道上に建設された、亜光速宇宙船「大乗ダイジョウ」に大量の人類を運ぶために欠かせない、この軌道エレベーターが破壊されなかったのは、不幸中の幸いだった。


「こちらが、亜光速宇宙船「大乗ダイジョウ」です。全長20キロメートル。収容する冷凍睡眠装置は約5千万個。弥勒ミロクドライブによって、時速299・777キロメートル、光速の99・995%という速度で楕円軌道を描き、約五十年で地球に戻ってきます」


 人工島タプロバニー島、軌道エレベーター、そして、亜光速宇宙船大乗ダイジョウ。シャトル内では、かつて人類が経験したことのない遠大なプロジェクトについての解説ムービーが流れていた。科学ドキュメンタリー番組のように、図やCG映像を駆使した、分かりやすいムービーだった。老いた科学者風の男が画面に映し出された。いかにもな感じのステレオタイプな科学者。これもCGだった。


「皆さんは、『リップRipヴァンVanウィンクルWinkle効果effect』という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか? あるいは、『ウラシマUrashima効果effect』と言った方が聞き馴染みのある方もいるでしょう。これは、『高速で移動するほど、止まっているものよりも時間の進みが遅くなる』というものです。

 弥勒ミロクドライブは、運動の第一法則を無効化する技術です。これにより、莫大な加速エネルギーを消費することなく、宇宙船「大乗ダイジョウは、光速の99・995%という速度にいっきに達します。

 そうして、『光速に限りなく近い大乗ダイジョウで五十年過ごして地球に戻ってくると、地球では五千年の時が経っている』のです。これが、リップ・ヴァン・ウィンクル効果です。

 言わば、宇宙船『大乗ダイジョウ』は、皆さんを未来の地球へと、お連れするタイムマシンなのです」


 天藍テンランは、その事実を初めて知った。弥勒ミロクドライブなんてものの、仕組みなんて分からない。運動の第一法則なんて聞いたことない。リップ・ヴァンだか、ウラシマだかの理論も全然分からない。でも、五十年の旅を経て、地球に帰ってきた時には、五千年が経っている。それだけは分かった。


 隣の席に座る父を振り返る。言葉が出ない。前の座席の背に埋め込まれたモニターを指さし、父親にこれはどういうことかと尋ねたいが、驚きの余り、声が出ない。


 ――――嘘よ。ねぇ、パパ、こんなのでたらめでしょう? 嘘だよね? パパ。


 そう、目で父親に訴える。

 しかし、父は、寂しそうな眼差しで娘を見返しながら、横に首を振って、娘の願いを否定する。


「あぁ、天藍テンラン。仕方ないんだよ」

「嫌よ! 降りる! 五千年なんて、聞いてない!」

「我慢するんだ。お利巧だから。ほら、他の人たちに迷惑がかかる」

「だって、アネモネが。アネモネが!」


 ――――私、アネモネに、五千年も待ってて、なんて言ってしまった!


 こんなことなら、一緒に自分も地球に残るんだった。約5千万個の冷凍睡眠カプセル。すごい数だ。でも、パパが言うには、200世帯に1世帯程度の確率で当選したもので、残りの人たちは地球に置き去りにされて死を待つことになるらしい。


 ――――それでいい。アネモネと一緒に居る方が大事だもん。


 でも、そうしたら、パパも宇宙船に乗れなくなってしまう。

 天藍テンランは、アネモネと同じくらいパパも好きだった。

 宇宙船に乗る運命が避けられないのであれば。アネモネを連れていけないのであれば。せめて、帰ってくるのが五千年後と分かっていれば。


 ――――自分を待つなんてことはせず、好きなことをして過ごして欲しかった。


 ✿✿


 少女が一人、我が儘を言ったところで、流れ作業のように進められる乗船手続きは止まってはくれない。軌道エレベーターに着くや否や、簡単な健康診断を受けただけで、エレベーターに順に押し込められ、エレベーターを降りて促されるままに歩いていくと、そのまま、そこは宇宙船「大乗ダイジョウ」の中だった。


 これから、出発までの一年間、娘に「帰りたい」と駄々をこねられるかと父親は心配していたが、そうはならなかった。程なく、同じ十歳の女の子と仲良くなったのだ。

 新しくできたお友達は、琥珀アンバーという名前だった。天藍テンランと同じく、瞳の色に着想を得た名前で、かつ宝玉の名前というのも共通していた。年齢も同じとあって、天藍テンラン琥珀アンバーはすぐに意気投合した。


「じゃあ、テンランちゃん。私はHEブロックの方だから」

「うん、アンバーちゃん。起きたら、また会おうね」

 一年が経つのはあっという間。二人はそれぞれ自分に割り当てられた区画へと分かれ、これから冷凍睡眠装置に入るのだった。


 ✿✿


 光速の99・995%という亜光速で飛ぶ大乗ダイジョウからは、周囲の星々の光は船の進行方向に収束して見える。後方の星々の光が側方から、側方の星々の光が前方から届くように見えるのだ。真後ろは漆黒の闇。不思議な感じがするが、光速に近い速度で移動する物体からはこのような景色になる。船から見て、太陽は本当はほぼ後方にあるのだが、その姿は側面のカメラで捉えることになる。乗員全員が冷凍睡眠中なので、この景色を見る者は誰一人いない。それでも無人のブリッジのモニターには、常に太陽が写っていた。


「警告。警告。SJ027ブロックにて異常発生。警告。警告。SJ027ブロックにて異常発生。警告。警告。SJ027ブロックにて異常発生。警告。警告。SJ027ブロックにて異常発生。警告。警告。SJ027ブロックにて異常発生……」

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