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第2話 困惑と羨望

 天藍テンランと父親を乗せた自走車は静かに空港を目指し走り出した。


「おはようございます。私は本日のご案内を務めさせていただく、ガーベラと申します。よろしくお願いいたします。本日のバンクーバーの天気は晴れ、最高気温は十一度、最低気温は四度。バンクーバー国際空港到着まで、約三十三分の予定です。車中にて何かご不便な点がございましたら、なんでもお申し付けください。それでは良いドライブを」


 単なる車内アナウンスと変わらないが、自走車自身がアンドロイドなのだ。いまや、人と関わる殆ど全ての機械に人工知能が搭載されている。


「ガーベラさん、あなたは女の子? 何歳? 目は何色? 好きな食べ物は? ボーイフレンドはいる?」


 産まれた時からずっと、十年間アネモネと一緒に暮らしてきた天藍テンランには、アンドロイドを人と区別して考える発想はない。

 矢継ぎ早な天藍テンランの質問にガーベラは一つずつ答えていった。


「綺麗な青いお目々の可愛いお嬢さん。たくさん質問してくださってありがとうございます。普段はこのように女性の声でお話しさせていただいてますが、《こんな風に男性の声でお話することもできますよ》」

「うわ! スゴい、スゴい!」

「どちらが良いですか? 《どちらでも、お好みの声をご指定ください》」

 ガーベラが巧みに、女性の声と男性の声を混ぜながら質問する。

「えっとね。うん、今のままがいいかな」

「承知いたしました」


 車はすぐにトランス・メープルハイウェイに入り、東へと向かった。森林地帯を突っ切る高速道路がインターチェンジに差し掛かる頃には、大きなタワーマンションだった建築物が柱のように林立する景観へと変わっていく。インターチェンジで車は右車線に寄り、テイラー・ウェイへと入っていった。そこからは南へと進路を取る。交通量はそれほどでもなく、スムーズに流れている。

 ガーベラは運転以外に気を配るべきタスクが特にないと判断し、乗客の女の子との会話を続ける。

「私の年齢は、二歳と四か月です。お嬢さんのお名前とお年を教えて貰えますか?」

「わたしは天藍テンラン。今日、十歳になったの! ガーベラより、わたしの方がお姉ちゃんね! お誕生日パーティーはね、昨日やったのよ!」


 もちろん、ガーベラは事前にデータを得て乗客の名前が、天藍テンラン・アヴルであることも、年齢が十歳であることも把握していた。隣の父親の名前がヤークブ・アヴルであることも。しかし、機械がなんでも知っていると表に出すのはコミュニケーション上、マイナスとなることが多い。緊急時を除き、人間との会話においては、余り事前情報は使わない。あくまで会話の中で得た情報を元に次の会話を組み立てていく。


「まぁ。お誕生日おめでとうございます。天藍テンランさま。素敵なお名前ですね」


 ガーベラは残りの質問の回答がすべて「お答えできません」となってしまうのを避けるため、敢えて質問には答えず、話題を変えた。


天藍テンランさまも、空港からは低軌道シャトルに乗ってタプロバニー島へ行かれるのですか?」


 これもガーベラにとっては既知の情報だ。あくまで乗客を飽きさせないためのコミュニケーションだ。


「そうよ。軌道エレベーターで宇宙に行くの!」


 そう答えた天藍テンランの口調には、滅亡の危機に瀕した人類の必死の逃避行という悲壮感は欠片もなかった。そこにあるのは、初めての宇宙への期待感ばかりだった。


「素敵な旅になることをお祈りしています」

「あら、ガーベラさんもお留守番なの? アネモネと同じね!」

「はい。皆さまがお戻りになられた時に、お家までお送りしなければなりませんから」

「そっかぁ……じゃあ、五十年後に帰ってきた時もガーベラさんが送ってくれる?」


 ――――五十年後?


 車内の様子を捉えるカメラで確認すると天藍テンランの隣で父親が少し困ったような顔をしている。

 アネモネ――お留守番――五十年。そして、父親の困惑。


 検索すると、すぐにアネモネというのが、アヴル家のHAAホームアシスタントアンドロイドの名前であることが分かった。お留守番とは、アンドロイドを家に置いてきたことを指すらしい。そして、五十年。それは、これから天藍テンランたちの乗る宇宙船の船内時間の話だ。地球では、宇宙船の五十年の航海の間に五千年の時が流れる。アネモネが標準タイプのHAAホームアシスタントアンドロイドならば、その製品寿命は百年といったところ。アネモネは、五千年後には間違いなく、動作していない。

 父親の困惑した表情から察するに、どうもその事実は天藍テンランには伏せられているようだ。

 そこまでの推測を一瞬のうちに行ったガーベラは、言葉を選んで答えた。


「お約束は出来ませんが、そうなると良いですね」


 ガーベラは、五十年後を五千年後と指摘する代わりに、それだけを答えた。

 それは、アンドロイドに備わる基本能力を越えた対応だった。ガーベラがこれまでに大勢の乗客を乗せ、人と対話をする中で身につけた「個性」だった。


 車は高さ百十一メートルの大きな二本の深緑色の主塔を持つ吊り橋、ライオンズゲートブリッジを渡った。全長千五百十七メートル。三車線しかないために、かつては通勤ラッシュ時には大渋滞を起こしていた橋だ。しかし、今は通る車もまばらだった。

 そのまま、スタンレーパークを抜け、バンクーバーの市街地に入った。バンクーバーの市街地は、局地的な戦火に巻き込まれ、多少傷付いていたが、壊滅的な被害は免れていた。道路も無事だった。そのため生き残った人も多かった。この辺りまで来ると、道路を走る車も増え始めた。どの車もシー島にある、バンクーバー国際空港を目指して進んでいた。皆、次の低軌道シャトルでタプロバニー島を目指す人々だった。

 ここバンクーバーだけではない。世界中のありとあらゆる人々が、各々の国際空港から出発する臨時シャトルでタプロバニー島を目指していた。世界大戦を生き伸びた人々の多くは、五千年後の帰還を胸に、汚染された地球を離れようとしていた。


「じゃあね、ガーベラさん。ばいばい」

「ご利用ありがとうございました」


 無機的な挨拶の言葉だけを残し、自走車は走りだした。地球を脱出しようと空港へ急ぐ人々がまだたくさん待っているのだ。


 ガーベラは、天藍テンランの五十年後と五千年後の間違いを指摘しなかっただけでなく、もう一つ、言葉を濁し、黙っていたことがあった。五千年後に戻ってきた人類を出迎える自走車は自分ではない。帰還に合わせて新たに作られる自走車たちだ。ガーベラたちは、この大脱出のサポート完了後に廃棄される運命だった。


 ――――せっかく身につけた「個性」が消えるのは、少々寂しいものがありますが。


 ✿✿


 バンクーバー国際空港は、機能しているのが不思議なほど、破壊の傷痕が痛々しかった。窓ガラスどころか、至るところで天井も壁も崩れたターミナル。火災の痕も至るところに残っていた。床に大きな穴が開き、階下と吹き抜けになってしまっている場所もあった。黄色い三角コーン型のロボットが、床の穴の周囲で危険を知らせる明滅を繰り返している。


 天藍テンランは空襲を避けるために、何度か家族で家の地下倉庫に隠れたりはしたが、家が実際に空襲を受けることは無かったし、戦争の恐怖を直接に感じたことは一度もなかった。そのため、戦争の傷痕を目の当たりにするのは、これが初めてだった。

 父親のジャケットの裾をぎゅっと握りしめ、足元のがれきを避けて、搭乗ゲートへと歩いていく。


 戦争が終結したにも関わらず、人々を浮足立たせ、地球脱出へと駆り立てているのは、ナノマシン兵器の存在だった。この兵器は地質や大気を汚染することもなく、人以外の動植物に被害をもたらすこともなく、人類だけを確実に殺害することが出来た。


 ニニニ〇年。「情報大戦」とも呼ばれた第三次世界大戦によって、世界はその体制と構造を大きく変容させた。一部の大型世界企業が国を従える、企業国家協同体。このパラダイムシフトにより、世界の構造が大きく変化したことで「第三次世界大戦」などと呼ばれてはいたが、厳密には戦争ではなかった。もちろん、様々な組織、国家、企業の興隆と没落、合併と解体の乱気流の中で、人的被害は少なくはなかったが。


 そして、そのニ年後。ニニニニ年に起きた第四次世界大戦は、企業国家協同体、その新しい枠組みに反発する勢力、企業国家協同体に寄って不利益を被った国家の反抗、漁夫の利を得て躍進を図りたい企業体、それらの勢力の身勝手な思惑が乱れ飛ぶ、三つ巴、四つ巴の乱戦だった。

 敵、味方が入り乱れ、混乱の中で誰が敵なのか、味方なのかを人々は見失った。情勢は日々変化し、人々の混乱をそのまま反映する形で、ドローン兵器をも混乱させた。ドローン兵器は、人々が混乱のままに施した設定に忠実に、敵と味方を認識した。

 その混乱は、ナノマシン兵器と呼ばれる兵器においても同様だった。暴走拡散し続けるナノマシン兵器の脅威に、人々は恐怖し、三年続いた世界大戦は突然終止符を打たれることになった。

 しかし、戦争が終結しても、ナノマシン兵器の脅威は残り続けた。拡散し、猛威を振るい、止めることも、抑えることも出来なかった。その暴走は、人類の傲慢と野望と夢と希望をすべて飲み込んで、力づくで戦争を終わらせたが、同時に今や、人類を滅亡の淵へと追い込んでいた。


 ❀❀


 ――――アネモネ……。


 自走車のガーベラは、次の乗客の元へと向かって走りながら、さっきの父子を乗せた時の記憶メモリにアクセスしていた。少女が望む結果は得られないのは間違いない。しかし、アネモネというHAAホームアシスタントアンドロイドは、少女の記憶の中に残り続けることだろう。

 引き換え、自分は近々、廃棄される。それが定められたスケジュールとはいえ……ガーベラは、今の状況に最適な単語を探し、記憶メモリを検索する。誰かに思って貰えていると言うのは、少し……少し……最適な言葉が見つかった。そうだ、《羨ましい》だ。そんな事を考えながら、ガーベラは車を走らせた。

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