「本気で言ってる?」
「は? も、もちろん!!」
「はぁ~……」
そろそろ星が瞬きはじめるくらいには暗い時間帯で、誰もいない校舎の屋上で相対する女の子がものすっごく大きなため息をついている。
女の子の名前は
母方の祖父が外国の出身という事もあって、隔世遺伝の影響かなんかで英自身も金髪に近い栗色のサラサラロングヘア―で、色白な小さめ卵型の顔の中にしっかりと主張する大きな目を持ち、これもまた遺伝らしいのだけど光の当たり加減では紫色っぽく見える事も、彼女の雰囲気を醸し出す一助になっている。
入学してきた当時から成績もいい方で、定期考査はいつも上位10傑には入っているし、勉強ばかりではなく、部活動もバレー部に入って2年生になった途端にレギュラーになって毎試合出ているほどに、運動神経もいいとくれば、その容姿も相まって男子からの人気が出るのは当たり前というモノ。
男子達だけではなく、女子からもじぇっ上な人気を誇っていて、噂では既に本人には非公認で有るけど彼女のファンクラブまで有るらしい。その入会条件もはたった一つだけ、『英星羅の邪魔をしない事』だけらしい。
そんな英星羅を屋上に呼び出しておいて、十中八九振られると分かっているのに告白なんて事をしている俺は、一般モブ枠の生徒で彼女と同じ高校2年生の
「ごめんなさい。今はお付き合いするつもりはないわ」
「そ、そうだよね。ご、ごめんねこんな寒い中で呼び出しちゃったりして……」
「それはいいのだけど……」
「??」
英がチラリと俺の方へと視線を向け、大きくまたため息をついた。
「あなたも大変ね」
「え?」
「……いえ、何でもないわ。それじゃぁもう用事が無いならこれで」
「あ、う、うん」
そういうとすたすたと歩いて後者の方へと向かって歩き出す英。
――まぁ、そうなるよな。これでいいんだろ?
俺は英の去っていく後姿を見つめていた。そう・俺は
事の起こりは数時間前の昼休み。
俺はクラスの友達と一緒に、本日発売される本について語り合っていた。
「おい真田!!」
「ん?」
名前を呼ばれたので、声の方へと顔を向けると、俺達の方へと近寄って来るクラスメイトの姿が有った。クラスの自称番長こと有田と、そのおこぼれを貰う事に長けている吹石、更にハイエナのように立ちまわる猪飼という、学校の中でも少し悪名が知れている奴らだ。
そういうやつらが、俺たちの様な一般モブ生徒に用事があって来るなんて事はまずないので、なにか嫌な予感がこの時すでにプンプンと漂い始める。同じようにそれをかぎ取った友達は俺のそばからいつの間にか離れていって安全を確保していた。
――いつの間に!? 裏切者め!!
教室の端で俺に手を合わせる塚原と宅田。その二人をしっかりとにらみつける。
「真田ってばよぉ~!!」
「な、何だよ」
「ちょっと面白い事を耳に挟んだんだけどな」
「面白い事?」
有田の話を聞きながら吹石と猪飼の顔を伺う。その二人はにや付いているだけで特に何かを言う事はない。
「そうなんだよ!! モブのお前でも知ってるよな『英星羅』って女子くらいは」
「知ってるけど……」
「そうかやっぱりな!!」
「やっぱり?」
「おう。何でもその英なんだけどよ、このクラスの……お前の事が好きらしいんだよ」
「はぁぁ?」
俺の声が頭のてっぺんから抜けていった。それほど驚いたのだから、声が裏返っても仕方がないと思う。
そんな俺を見て笑う有田達三人。
「そんな話聞いたこと無いけど……」
「ばっか当たり前だろ? そんな事人の前で本人がホイホイ言うわけないだろが」
「それじゃぁどこから?」
「ちゃんとした筋からの情報だぞ」
――ちゃんとした筋って誰だよ!!
俺の心のツッコミを悟られないように顔には出さない。
「へぇ~……それで?」
「お前告白して来いよ」
「は? なに言って――」
「チャンスだぜ? 向こうは好きだって言ってるんだからよ」
有田がニヤニヤと俺の肩に手を回す。
「そうそう。モブのお前にといいって言いははなしじゃねぇ?」
「こんな事は今後一生ないと思うぜ?」
有田に合わせるように吹石と猪飼がまたニヤニヤしながら同調する。
「いや……遠慮するよ」
「あん?」
「告白なんてしないって」
「それは無理だなぁ?」
にや付きながら有田は顔を近づけてくる。
「もうお前が放課後の屋上に呼んでるって英に言っちまったからな」
「な!?」
「なぁ吹石」
「おう!! ありがたいだろ? 俺達が言ってきてやったぜ!!」
こうして三人がゲラゲラと笑う。
ここまで来るともう何となくだけど分かってしまう。こいつらが言う『面白い事』というのは、俺が英に告白して振られる事を言っているのだと。
自分達が面白くなればそれでいいというだけの為に、当たり障りのない一般モブ枠男子を使う事で自分達には一切被害を失くし、更には英という女子生徒を持ち出す事でさらに話を盛って言いふらすことが出来る。
そこで選ばれてしまったのが今回は運悪く俺だったという事。
まぁ俺とこの有田には少し前にちょっとしたことが有って、それ以来有田や吹石、猪飼たちが俺の事である事無いことうわさ話にしている事は知っていた。
掃除当番をさぼって帰ってしまった故に、俺が一人だけで掃除していた所をたまたま先生に見つかってしまった事が原因なんだけど、奴らは自分たちが悪いと反省する訳じゃなく、逆に見つかった俺が悪いと俺を標的にし始めた。
いじめというよりも陰湿な嫌がらせに近いのだが、今回有田が英という存在までも使って嫌がらせをしてきたわけだ。
「なぁ、冗談だよな?」
「冗談? なにが? え? 英を呼び出したって事か?」
「そう……」
「ざぁ~んねん!! 冗談なんかじゃありませぜ~ん!!」
「放課後楽しみにしてろよ」
吹石と猪飼は大声で笑い、有田は再び俺の顔にスッと顔を近づけてくると――。
「せいぜい木っ端みじんに玉砕して来いよ。あ、逃げるなよ? 俺達もみてるからな。お前が悪いんだぜ? 俺達に恥をかかせたんだからな」
「…………」
「わかったか? 今回やらなきゃ今後お前がどうなるかわかるよな?」
にやりと笑いながら俺から体を離し、笑い声をあげて去って行った。
――クズが……。
俺は黙って机の白でこぶしを握り締めた。
どの位時間が経っただろうか――。
周囲は既に暗くなっていて、俺一人となった屋上には冬の差すような風が吹きすさんでいた。
――星が……綺麗だなぁ……。
ふと見上げた夜空に輝く星たち。あまり良くは知らないけど、その中の一つの星座がきらりと瞬いたような気がした。
手で目をこすってもう一度確認するけど、先ほどの瞬きが嘘だったかのように、一定の光を発しているに過ぎない。
――帰るか……。
ようやく自分を取り戻して、端に置いておいたバッグを肩に提げてその場をあとにした。
「ちょっと離してください!!」
「いいじゃん!! これから遊ぼうぜ!!」
学校を出て最寄りの駅まで歩いていると、駅前の繁華街に入る少し前で誰かがもめている声が聞こえて来た。
いつもの俺ならばこういう時は周囲の人任せにするのだけど、なぜかその時はその声が気になってしまって、その声のする方へと足を運んでしまう。
「放してください!!」
「ちょっとだけだからいいじじゃん!! 遊ぼうぜ? な?」
「い・や・で・す!! 貴方となんて――」
「いい加減にしないと俺も怒っちゃうよ?」
聞く限り面倒な事になりそうな雰囲気がある。声を掛けられているのは女の子のようだし、声を掛けているのは大学生くらいの見掛けチャラそうな男の人だ。こういう場合大抵はナンパかなにかだろう。
「お兄さん?」
「あん?」
二人の方へと歩いて行き、腕をすでに掴まれていた女の子の前に体を入れて、チャラそうなお兄さんに声を掛ける。
「なんだお前? 邪魔!! 消えろ!! 今この子に話してるの。わかるよな?」
「嫌がってますけど?」
「ばぁ~か、照れてるんだよ。そんな事も分かんねぇのかガキが。ね?」
「ち、違います!!」
にや付きながら女の子に更に接近しようとするチャラ男。今度は俺を盾にして俺の後ろから声を出す女の子。
「ちっ、どけって言ってんだろが!!」
どかっ!!
「ぐっ!!」
「きゃぁ!!」
「もう一発欲しいか? ん?」
「これで証拠になりましたね」
俺がニヤッと笑いながらスマホをスッとポケットから出す。
「もうすぐ警察の方が来ますよ?」
「な!? 警察呼んだのかよ!! ちっ、今回は見逃してやるよ!!」
そういうとチャラ男をはそそくさとその場を去っていった。
「いてて……」
「だ、大丈夫ですか!?」
「えx~っとはい……」
チャラ男が去って、姿が見えなくなると、俺はスマホをポケットに入れてその場へと座り込んだ。
そこでようやくはっと我に返ったのか、女の子が俺の前へとしゃがみ込んで声を掛けてくれる。
「あ、ありがとうございました……」
「いえいえ……あれ?」
「殴られましたよね? 血が出てる……えっとハンカチは――」
「……英……さん?」
「え?」
学校の制服じゃないし、ちゃんと姿を見ていなかったから分からなかったけど、女の子が俺の方へと顔を向けた瞬間に、数時間前に目の前にいた女子生徒だと気が付いた。
「英さんだよね?」
「え? そうですけど……えっと?」
「あ、さっきはごめんね」
「さっき? ごめんというのは?」
「ほら、屋上で君に告白なんてしちゃってからさ。あれには理由があってね」
「告白? えっっと……」
英さんは俺の言っている事が良く分かっていないようで、首をかしげて考えてしまっている。
「ま、まぁ返事の事は気にしないでいいよ。うん。振られるのは知ってたというか、ソレ前提で告白したんだし。あっと!? ここにいつまでも居るのはまずいな。あのチャラ男が戻ってくるかもしれないし」
「あ、あれって本当に呼んでたんですか?」
「もちろん本当に電話はかけたよ。だからもうすぐ警察の人も来ると思うけど。あ、来たみたいだよ」
俺がその方向へと視線を向けると、英さんも顔を向けその人達が聞いたことを確認した様だ。
そして俺達はそのまま交番へと一緒に連れていかれ、事情を説明した後に殴られているので被害届を出すかどうか確認されたけど、今回はちょっと血が出ているくらいだし、一発だけだからという事で、出さない事にした。出したらまた英さんに迷惑がかかってしまうと思ったのも、出さない判断に含まれている。
ようやく俺が説明等を終えた頃には、既に英さんは親御さんが迎えに来てくれていたようで、既に警察署内にその姿は無く、担当した警察官の人が言うには後でお礼に伺うという事だった。
そういえば名前と住所を聞かれたなと思いつつ、同じ学校なのに名前を聞くことに違和感を覚えつつも、まぁそんなものなのかなと思いなおして、俺も両親が迎えに来てくれたので、一緒に帰宅の途に就いた。
次の日は案の定というか、学校に着いて教室へと向かっている時に、俺に向けて同情の視線をむける人や、好奇心を持って視線を向ける人、そしてなんというか不審者を見るような目を向けてくる人などいろいろな視線の中、自分の教室へと向かった。
――これってアイツらが何か言いふらしたんだろうな……。
教室に着き、はぁっとため息をついてカバンから授業の用意をする為に入れ替えていると、友達二人が近寄ってきて、事の次第を話してくれた。
やっぱりというかなんというか、有田達三人で、『弱みを握って付き合うように迫った』などと尾ひれを付けまくって言いふらしていたらしい。昨日教室であった事を知っている人達はそんな事を信じている奴はいないけど、それ以外の人達はその噂を信じてしまうやつもいるわけで、一般モブ枠の俺が何か言っても、有田達の方が名が知れている分真実味があるから、意味はない。
仕方なく当分はこの好奇ともとれる視線の中での生活を強いられるものと覚悟をしていたら、俺達の教室にスッと一人の生徒が入ってきた。
そしてそのまま俺の方へと向かってくる。
「真田君」
「え? あ……英さん」
「今日の放課後時間あるかしら?」
「あるけど?」
「ちょっと付き合ってくれないかな?」
「えっと。うんいいけど……」
そういうとスッと俺に背を向ける英さん。
「おう英さんじゃね?」
「なになにアイツに用事?」
「止め差しに来たんでしょ?」
英さんの前に有田達三人が立ちはだかり、話しかける。
「……邪魔なのですけど」
「いいじゃん? ねね、ちょっと話しをしようよ」
「話を? あなた方と?」
「そうそう!!」
「はぁ~……。あなた達が言いふらしている事は知ってるのよ? それなのに何をあなた達と話すことが有るの?」
「そんな事証拠は何処に有るんだよ? まぁそれはいいとして俺達の仲じゃないか。もっと仲良くしねぇか?」
「私とあなた達の仲? 振った相手と振られた相手以外にどういう仲なのかしら?」
「「「なっ!!」」」
英さんの言葉を聞いて教室内がざわめきだす。
「あなた達に興味はないのよ。もう話しかけないでもらえます? そうでなくても人の弱みを握って陥れようとする方々と話をしたくないので。では」
英さんはそれだけを言うと教室から出ていった。
――かっこいい!!
そう思ったのは俺だけじゃなかったようで、教室の中では男子は尊敬のまなざしを持って、女子は黄色い声を上げて英さんが出ていくのを見守っていた。
有田達は苦虫を噛みつぶしたような顔をして、教室を出ていき、この日は教室に戻って来ることがかった。
久しぶりに放課後まで平和な一日を過ごし、授業のおわった教室で待っていると、英さんが来て俺を教室から連れ出し、学校からも連れ出し、駅近くの喫茶店へと入っていく。
これがうわさの放課後デートかと、少しだけウキウキしていたのもつかの間、英さんについて店の中をあるいていき、とあるテーブル前まで来ると、俺に先に座れと促してくる。それに従って先に奥へと詰めようとすると、先に向かい側へ座っている人がいる事に気が付いた。
「あれ? 英……さん? あれ? でも英さんはまだ……」
チラリと俺の後に居る英さんの方へと視線を向ける。
「そうよ。妹よ」
「妹さん? え? でも二人共……」
「「わたし達一卵性の双子なのよ」」
俺の前に座った英さんと、先に座っていた英さんの声が重なる。
「――ということで、昨日は妹を掬ってくれてありがとう」
「あっと、いえいえ。助けたとかそんな事は……」
「妹――
「そうなの。だから本当にありがとうね!!」
「そっか……。双子かぁ……。だからあの時、俺の事が分らない風だったんだね」
「ごめんね。真田君の制服のエンブレムでお姉ちゃんと同じ学校だってわかったんだけど、お姉ちゃんと顔見知りだとは思ってなかったから……」
しょんぼりとする理羅さん。
「それで、今日ちゃんとお礼をと思って、呼び出してもらったんだけど……」
「どうしたの?」
理羅さんが俺と星羅さんの顔を交互に見ると、聖羅さんがソレを不思議がる。
「お姉ちゃん真田君の告白断ったのよね?」
「え? えぇまぁそうね」
「付き合って無いんだよね?」
「そ、そうよ。付き合ってないわね」
星羅さんににじり寄るように質問を投げかける理羅さん。そして聖羅さんから言質を取ったとばかりに頷き、今度は俺に顔を向ける。
「真田君!!」
「は、はい!!」
「わ、わたしとおちゅきあいしてくだしゃい!!」
盛大に噛み噛みなセリフを発しつつ、手を俺に向けて差しだした。顔は恥ずかしさからか真っ赤になっている。
「え? お、おれ?」
「そ、そう……ダメ?」
「ダメっていうか……どうして俺なの?」
「え? どうしてって……昨日の事で好きになっちゃったっていうか……」
顔を真っ赤にしたままで質問に答えてくれる理羅さん。
「吊り橋効果かしら……?」
ぼそっと聖羅さんがこぼすと、キッと理羅さんに睨まれる。
「だ、ダメ?」
「ダメじゃないけど、その……まずは良く知りたいなと思うから、それからでもいいかな?」
「うん!! もちろん!! よろしくね!!」
「は、はい!!」
偶然助けた女の子は、偶然にも学校のアイドルの双子の妹で、双子なのだから二人共容姿は似ていて――。
あの日、屋上で姉に振られたあの日の星空で、一瞬だけきらりと瞬いた星は、カストルというふたご座の星だったみたいで、その星の導きにより俺に学校のアイドルの『妹』という友達以上恋人未満の存在が出来たのだと、今ならそう思える。
「泣かせたりしたら……わかってるわよね?」
「も、もちろんだよ!! そ、そんなことしないから!!」
「お姉ちゃん!! 威嚇しないで!!」
そんな