「きゃー、なにこの子超かわいいー!」
「むぎゅ……」
はしゃぐ恵は、目の前の小さな女の子……渚を、ぎゅっと抱きしめる。
身長の関係で、恵が抱きしめると、渚は恵の腹部に顔を押し付けられる形になる。
その光景に、愛は苦笑いを浮かべながらも、二人を引き離す。
「はいはい、渚ちゃん窒息しちゃうから」
「あ、ごめんごめん。
でも、渚ちゃんって言うんだ。こんにちは、初めまして」
「しゃーっ」
恵の抱擁から解放された渚は、愛の後ろに隠れる。
膝を折り、目線を合わせて微笑む恵に、渚はすっかり警戒心を抱いたようだ。
……さて、この三人が、休日に同じ場所にいるのには、理由がある。
「ほら渚ちゃん。恵も悪気はなかったんっだし、許してあげて」
「……はじめ、まして」
「恵も、いきなりあんなことしない」
「ごめんなさい」
とりあえず、愛は仲裁に入る。
いつも、恵や渚、それぞれと女の子だけのお買い物に来ることはある。
そのため、渚と恵は初対面だ。
「あの……渚、迷惑じゃない、かな」
「全然! かわいい女の子なら、大歓迎だよ!」
そもそもこうなった要因は、数日前……プールの約束をした日の番にまで、遡る。
『え、あいちゃんプール行くの!? いいなぁ……
あ、もしかしてたけにぃ好みの水着を買いに行くの!? だったら任せて! あの朴念仁でも、一発で悩殺しちゃう水着を、渚が選んであげる!』
愛が、尊たちとプールに行くことを聞いた渚。
彼女が、自ら水着選びに参加したいと言い出したのだ。
元々は、愛と恵と二人で、水着選びに行くつもりだった。
そこに、初対面の渚を混ぜることに不安がなかったわけではない……が。
『あいちゃんのお友達と一緒に?
うーん……知らない人はちょっと怖いけど、あいちゃんのお友達なら大丈夫かな』
『水着選びにもう一人連れて行きたい? んー、いいよいいよー。
……はっ? たけたけの妹!? なにそれ超見たい!』
……二人に確認したところ、水着選びに渚が同行することは許可が下りた。
せっかくの渚の気持ちを無下にも、したくはないし……それに、渚ならば尊の好みがわかる、という甘い言葉に乗りたかった。
対面時こそああだったが、二人ともいい子だし、変なことにはならないだろう。
「じゃ、さっそく行こっか。
ってか、そういえばこのモールだよね。怪人が現れたっての」
「うん。怖かったけど……でも、あのときブルー様が颯爽と現れて、助けてくれたの」
「そっかぁ、やっぱりヒーローってすご……ブルー様?」
恵の言うように、怪人の暴れた場所だ。近場では、一番品物が充実している。
あのときは結構な騒ぎだったが、今ではすっかり元通り。
……よくも悪くも、怪人というものに慣れてしまったのだろう。
「うわぁ、水着ばっかりだ……」
「そりゃ、水着売り場だし。それに、シーズンだからこそ、気合も入ってるってもんでしょ」
一行は、水着売り場にやって来る。
休日だけあって人も多いが、理由はそれだけではない。恵が言ったように、シーズン中だからだ。
海、プールの季節。だからこそ、水着売り場の気合いも入っているし、逆に海やプールに行く人間の数も多くなる。
したがって、水着の買い手も増えるというものだ。
「そんじゃ、買おうか。
あいあいは、どんな水着を……あぁ、たけたけの趣味に合わせるんだったねぇ」
「言い方!」
「うーん……たけにぃは単純だし、ビキニとかで肌見せとけばいいと思うよ」
「渚ちゃん!?」
水着売り場に足を踏み入れ、さっそく三人は水着を見て回る。
渚は「冗談だよっ、冗談。半分ね」と言いつつ、愛の水着選びに真剣に付き合ってくれた。
そして、真剣なのは愛と渚だけではない。
「うーん……」
「……めぐみさんは、好きな人を振り向かせたい水着を求めてるんでしたっけ?」
「うん……えっ?」
水着を前に唸る恵。そんな彼女に話しかける渚。
思わず応えてしまうが、恵ははっとして振り向く。
恵は、自分が山口のことを気になっているというのは、愛にしか話していない。
つまり、その話が漏れるということは、愛が話したということ……
「あいあいー? 山口のこと……」
「え? いや、ちがっ……私なにも……」
「いや、あいちゃんからはなにも聞いてないですよ?
ただ、見てればわかりますよ。あぁ好きな人のために水着を選んでるんだなぁって」
「……」
愛に掴みかかろうとしていた恵だったが、渚の言葉に固まる。
そして、みるみる顔を真っ赤にしていって……
「あ、好きな人のこと、山口さんって言うんですね」
「っ!」
渚のいたずらめいた言葉により、ぼんっ、と破裂した。
顔からは。湯気が出ている。
つまりは、恵は勝手に墓穴を掘ってしまったわけだ。
「うぅ……ごめんあいあい……」
「いや、いいけど……それにしても渚ちゃん、すごいね。恵のこと話してないし、会うのも初めてなのに」
「うーん、渚、なんだか人の気持ちに過敏みたいなんだよね。
あ、それとも、めぐみさんがわかりやすかっただけかな?」
「!?」
「やめてあげて!」
この中で一番年下なのに、一番お姉さんな気がする……渚の将来性に、ちょっとしたおそろしさを覚える愛である。
そんな二人をよそに、渚は……
「うーん……めぐみさんはモデル体型だから、やっぱりセクシー系の水着かなあ……
いや、逆にかわいい系もありかも。最近だと、体型をカバーできる水着がありますけど、めぐみさんの場合は素で勝負した方がいいでしょうね」
近くの水着を見ながら、ぶつぶつと呟いていた。
恥ずかしい思いをした恵ではあったが、そのかいはあった。渚監修の下なら、きっと山口に喜んでもらえる水着を選べる!
そう感じて、恵は渚の隣に並ぶ。
「よ、よろしくお願いします! 渚ちゃ……いや、師匠!」
「はい……え、えぇ……?」
若干引き気味の渚に、恵は気づいていない様子であった。