恵から、プール行こうよとお誘いを受けて……愛は、もちろんいいよとうなずいた。
プールの割引チケットは四枚。メンバーは、恵、愛、そして尊。
残る、もう一人は……
「ほほぅ、山口くんねぇ」
「な、なによその顔は」
恵が指定したのは、クラスメイトの山口くん。尊とは仲が良く、よく二人一緒にいるのを見ている。
尊とは違って、おとなしめの印象だ。おとなしめで、そして優しい。
一部の女子の間では、尊と山口の姿を見てキャーキャー言っていたりするが、それはまた別の話。
「別にぃ? ただ、恵にも好きな男の子がいたんだなって。なんで言ってくれなかったのさー」
「すっ……べべっ、別に、そんなんじゃないし! ただ、ちょっと気になるだけって言うか……」
愛も愛だが、恵も恵でわかりやすい。
普段、尊とのことでからかわれている愛は、ここぞとばかりに恵をいじっていた。
とはいえ……好きな人がいる。その気持ち自体をからかうことは、しない。
「はいはい。
まあ、恵が誘いたいなら私はなにも言わないよ。誘うの頑張りなよ」
「うっ……意地悪、わかってるくせに。
アタシだけだと緊張するから、協力してほしいんじゃん」
「!」
普段、あいあい、たけたけなど、仲の良い相手には距離感の近い恵だ。
なので、気づいたことはなかったが……想いを寄せる相手には、こうも乙女になるのか。
思わず愛は、ごくりと唾を呑み込んだ。
「うはっ……あぶな。私が男だったら、たまらず襲ってたかも」
「あいあい?」
「大丈夫、そっちの気はないから」
ともあれ、誘うメンバーが決まったのなら、後は誘いに行くだけだ。
幸いにも、山口は尊と仲が良い。そのため、尊に協力してもらえば、すぐにでも誘えるはずだ。
だからまずは、愛に話を持ちかけてきたのだろう。
「それにしても、意外だなー」
「そ、そうかな」
「だって、恵と山口くんが話してるとこ、あんまり見たことないよ」
クラスメイトとして、話をしているところなら、まあ見かける。だが、それも必要最低限、といった感じだ。
あまり接点のない相手。その相手に、想いを寄せているのは、いったいどんな理由からか。
聞き出そうとする愛に、しかし恵は首を振る。
「い、いいじゃんその話はっ」
「えー、いいじゃん。山口くん誘うのに協力するんだからさー」
「んぐ……で、でも……
……う、うまくいったら、言うからっ」
「ほらぁ、やっぱり好きなんじゃん」
「あっ」
もしかして、尊に対する愛の態度は、今の恵と同じくらいわかりやすいのだろうか。
それはバレるはずだ。今後気を付けなければ。
愛にとっては、好きな人の話で盛り上がる……というのは、新鮮で、かつやってみたかったことだ。
普段からかわれることはあっても、こうしてお互いに好きな人の話で盛り上がれることはない。
なんだか、今このときこそ、女子高生を満喫している……そんな気がするのだ。
「じゃ、早速尊に話を通してみようよ」
「たけたけ?」
「どうせ二人一緒にいるから、話の流れで誘っちゃお」
昼食を終え、弁当箱を片付ける。思い立ったら即行動が愛のモットーだ。
しかし、恵はもじもじしたままだ。
「え、えっと……い、今から?」
「今から」
「……本気?」
「本気」
「で、でも……」
「伝えたい気持ちは、すぐに伝えなきゃ!」
今すぐに行こうと言う愛と、今すぐは心の準備ができていないと言う恵。
しかし、そんなことを言っていては一生誘えないだろう。
どの口が言うんだ、と恵は思ったが、あれよあれよと、愛に引っ張られていく。
そして、教室へ。尊は、やはり山口と一緒にいた。すでに昼食を食べ終え、二人で談笑しているようだ。
まずは、愛が尊に駆け寄っていく。
「ねーねー尊。プール行かない?」
「……なんだ藪から棒に」
なんだか、似た場面がついさっきあった気がするな、と思いながらも、愛は続ける。
「実は、恵が福引で、プールの割引チケットを当てたみたいでね。
人数は四人。だから、あんたを誘ってあげようと思ってね」
感謝しなさい、と、なぜか後半高飛車になる愛。
こんなところで変にツンデレをしないでくれ、と願う恵。
それを受けた尊は……
「なんだよその言い方。てかお前が当てたわけじゃないだろ。
……けどまあ、せっかく誘ってくれるんなら、ありがたく行かせてもらおうかな。竹原も、それでいいのか?」
「う、うん。もちろん!」
ちょっとムッとしたかな、と心配したが、どうやら尊は了承してくれた。
ほっとする一方、愛が肘で恵の脇腹を突っついていく。その意味は、言葉にしなくても伝わる。
この流れでいっちゃえ、誘っちゃえ……という意味だが、そんなことができれば最初から愛に協力を申し込んでいない。情けない話ではあるが。
ふるふると首を振る恵の様子を見て、愛は苦笑いを浮かべる。
やはり、きっかけ作りをしなければいけないか……と、愛は思う。
「そっか。けどなぁ……本当に、いいのか?
四人行けるなら、女子同士で行ったほうが楽しいんじゃ……」
「いいの! それに、もう一人誘いたい子は、決めてるんだから!」
「そ、そうか……」
尊の気遣いは、もっともと言える。プールの割引チケットがあるというのなら、同性同士で行った方が楽しいだろう。
しかし、そんな尊を心配をよそに、愛の視線は尊の隣……会話に入れず呆然としていた、山口に向いた。