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第2話 その名はヒーローレッド!



 ――――――



「きゃー!」


「げへへ、もっと怯えろ! 逃げ惑え!」


 町中で、激しい爆音が、悲鳴が響き渡る。ここは、とある商店街。

 この惨事を引き起こしているのは、逃げている人々の、中心にいる影。


 それは、人間……というには、少々異形な形をしていた。

 二足歩行なのはそうなのだが、人間にはないものがあるのだ。


 腕の先には、手ではなく巨大なハサミがつき、皮膚は赤い殻のようなもので覆われている。

 そもそも顔も、目玉だけが長く飛び出した異様な状態だ。


 言葉で表すには、特徴的すぎるそれは、一言で言ってしまえば……二足歩行の、人型のカニ。

 シルエットは人間のものではあるが、各部位がカニのパーツを模している。一見、コスプレのようなものを疑うが、そうではない。

 これは、本物だ。


 そう、コレは"怪人"だ。


「カーニカニカニ! 全人類を恐怖に陥れてやるカニ! 手始めにこの商店街から町をやってやるカニ!」


 ……"怪人"、という存在。それが世の中に現れ始めたのは、ほんの数年前のこと。

 はじめは、それこそコスプレや、なにかのイベントだと思われた。しかし、それは間違いだったと、すぐに判明することになる。


 彼らは人間の言葉をしゃべるが、人間ではない。正体も、なにもかもが不明。

 ただ、一つだけ確かなこと……彼らは突然"現れた"のだ。


 人々は、突然現れた異形の存在に恐怖した。

 彼らには人間の武器は効きが悪く、お手上げ状態だった。


 ……そこに、一筋の光が現れた。


「そこまでだ!」


 暴れまわるカニ怪人。それに待ったをかける、勇ましい声があった。

 ふと怪人は動きを止めて、声の方向へと首を向ける。


 どこからともなく、空から飛び降りた人影が、目の前に立つ。


「この町の平和は、わ……

 お、俺が守る!」


「出たなレッド!」


 それは、全身を赤のタイツに身を包んだ、男の姿。

 彼は、怪人を倒すための戦隊チームに所属している、ヒーロー。そのリーダーである、戦隊ヒーローのレッドだ。


 今までは悲鳴に満ちていた周囲が、レッドの登場により色めき立つ。

 絶望が、希望に変わっていく瞬間だ。


「きゃー、レッドー!」


「これでもう安心だ!」


「そのカニをやっつけてくれ!」


 怪人にとっては、面白くない展開だ。

 先ほどまで絶望に満ちていた人々の顔が、希望に満ちていく。


 希望など、必要のないものだ。

 だが、これは逆にチャンスでもある。ここでレッドを倒してしまえば、人々は再び……いや、先ほど以上の絶望に沈むに違いない。


 怪人は、巨大なハサミをギンギンと挟み、レッドへ狙いを定める。


「けっ、ずいぶんな人気だなレッド!

 だが、そんなお前の人気もここまでだ! なぜならこの俺、カニキング様がお前をギザギザに斬り刻んで、今晩のおかずにでもしてやるからなぁ! 今から、人間どもの恐怖に染まった顔が目に浮かぶようだぜカーニカニカニ……」


「ふん!!」


「カニカはべぼら!?」


 高らかに笑う怪人、カニキングは……宙を舞った。それはもう、見事なほどに。

 高らかな勝利宣言、その言葉を、最後まで言わせてもらうこともなく。

 目にも止まらぬ速さで懐に入りこんだレッドの、拳を顎に打ち込まれて。打ち上がった。


 一発で、カニキングは意識を狩りとられ、地に伏した。

 目をぐるぐるに回し、口からは泡を吹いて倒れている。


 人々を恐怖に陥れていた怪人が、一撃で倒れたのだ。周囲はしばし、沈黙に落ちる。


「あぁもう、これから学校なのに! こんなときに現れてんじゃないわよ!

 それにいちいち長いのよ! このカニ……」


「うぉー、レッドー!」


「ひゃ!」


 倒れたカニキングに悪態をついていると、遅れて周囲が湧き立つ。

 怪人を難なく倒したレッドに、人々が盛り上がらないわけがない。


 その声に、レッドは我に返る。

 いけないいけない、あと少しで、倒れているカニに蹴りを入れるところだった。今の台詞も聞こえていないだろうか。


 キャラを壊してはいけない……キャラ作りは大事だ。


「ご、ごほん。えー、皆さん、怪人は倒しました! ご安心を!」


「レッドかっこいいー!」


「レッド、握手して……」


「あとの始末は警察の方にお願いします!

 では!」


「あ、ちょっと!」


 口早に、人々への安心を告げたレッドは、ダッシュでその場を去っていく。

 その前に、怪人をぐるぐる巻きにするのも忘れない。対怪人用の、頑丈なワイヤーだ。去っていくレッドを、人々はただ見送るばかり。


 それは、いつもの光景。……怪人を倒したレッドは、すぐにどこかに行ってしまうのだ。

 おかげで、人々はお礼も満足に言えない。


 町を、人を助けてくれるレッド……人々に不満があるとすれば、"お礼が言えないこと"ただそれだけだ。


「いつものことだけど、レッドはどうしてあんな速く帰るんだろうな」


「追いかけようにも、とても追いつけないもんなぁ」


「すんげー強い、正体もなにもかも謎に包まれたヒーローか」


「あぁ、でもそんなミステリアスなところが素敵だわ」


「きっと中にいるのは、爽やかな好青年に違いないわ。きっと、照れ屋だからすぐにどこかに行っちゃうのよ」


「いや、案外いい年したおっさんかもしれねえぜ?」


「なんでもいいさ。俺らや町を守ってくれてることに、変わりはないんだ」


「違いねえ」


 怪人から、人々を守ってくれる、謎のヒーローレッド。

 本人が自分のことを語らないし、彼が所属する戦隊チームも、彼のことは何故か秘匿している。


 だが、なんにしても……この町の人々の平和を、守ってくれているのだ。

 謎のヒーロー、レッドは。


 誰も、その正体を知らないレッド……

 ……彼には、誰にも言えない秘密が、あった。

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