「おはよー、愛ちゃん」
「おはようございまーす」
晴れやかな青空、小鳥のさえずり、賑やかな通学路……いつもの、日常。
通学路を歩くと、近所のおばちゃんから声をかけられる。小さい頃から構ってくれる、優しいおばちゃんだ。
微笑ましく繰り広げられるいつもの光景に、彼女はそっと手を振って応えた。
その際、笑顔を浮かべるのも忘れない。
彼女の名前は、
今年で十七歳となった、花の女子高生だ。
制服に身を包み、鼻唄を歌いながら歩いて行く彼女の姿は、どこから見ても、ごく普通の女子高生だ。
……そんな彼女には、とある秘密がある。
「よぉ、愛」
「ひゃ!
……もう、尊ー……!」
陽気な様子で歩いていると、ぽん、と愛の頭が叩かれた。優しく、タッチするような手つき。
それでも咄嗟のことに、愛は思わず変な声を出してしまった。叩いてきたのが誰であるか、愛にはすでにわかっている。
振り返ると、そこには顔なじみの顔があった。
いや……顔なじみどころではない。
「ははは、相変わらずいい反応するなー、愛お前」
ケラケラと笑うこの男は、
愛の幼馴染の、男の子だ。
同級生の男子よりも背が高いので、ただでさえ小柄な愛は、彼を見上げる形になる。
幼馴染ではあるが、そうでなくても彼はフランクな性格なので、わりと誰にでもこんな感じだ。
こうやって、ちょくちょく愛のことをからかってくるのは、もはや日課だ。
見るからにチャランポンで、特出して良い点もない。
顔も頭も、普通の男。
「……ったく」
背が高く運動神経がそこそこなだけで、頭がいいわけでもない。
そんな男に、いつからだったか愛は、好意を寄せているわけだが。
「もう、いい加減、いきなりやるのやめてよ。
ていうか、髪いじらないで」
「っても、隙だらけのお前が悪い。それに、お前の髪手触り良いんだもん」
「……」
愛の頭は、尊にとって手が置きやすい位置にある。
だから、頭を撫でやすいということだろうか。ちびと言われている気がして、いい気はしない。同時に、悪い気もしていない。
だって正直、頭を撫でられるのは嫌じゃないのだ。それに、髪を触られるのも……
だが……これが、幼馴染であるからこその距離感なのか、他の女の子にもやるのか、わからない。
今のところ、他の女の子にやっている姿は見ていないが。いくらフランクでも、そこらの女の子の髪を撫でる姿は見たくはない。
ただ、幼馴染だからだとしても……女の子の髪を、そんな安々撫でるなどと。変に勘ぐってしまっても、仕方がない。
……それとも、まさか女と思われていないのだろうか。
「最近は、成長してきてるんだけどなぁ」
「ん、なんか言ったか」
「なにも」
尊は、ようやく手を離した。
「そんなに嫌なら、気配でも察知して、避けるんだな」
「そんなの……」
いつもの、尊の軽口。
気配を読むだなんて、そんなの"殺気"が乗っていれば一発でわかる。
……言わなくてもいいことを言いそうになり、愛は咄嗟に口を閉じた。
猛は不思議そうな顔をしているが、セーフだろう。
危ない危ない。
「な、なんでもないわ」
「? そうか」
この手の感触は、心地よく、そしてあたたかい。だから避けないというのは、尊にはわかっていないのだろう。
もしもこれが、自分の頭を潰そうと伸ばされた手であったならば、即座に反応できたに違いない。
それから、くしゃくしゃになってしまった茶髪をいじる。このときのために、手鏡を常備している。くしもだ。
髪が長いため、くしゃくしゃになったら元に戻すのに時間がかかるのだが……
「もう、せっかくセットしたのに」
「いいじゃんか、お前の髪サラサラだし、気にすることないだろ」
「なっ……」
「サラサラなら、手でちょちょいと押さえつければ、戻んだろ」
「……うん、そうね」
本当にこの男は、そんなことお構いなしで……それでいて、さらっとこちらをドキドキさせるようなことを言ってくる。
それが、実際は褒めようなどという意味ではないことも、わかっているのに……また変に、ドキドキさせられる。
……この髪を褒められるのは、嫌いではない。
まあ今のが褒められたのかどうか、微妙なところだが。
この髪は気に入っている。昔、尊にこの髪が好きだと言われ、以来伸ばしているのだから。
そんな昔のこと、尊が覚えているかは、わからないが。
「お二人さん、毎度毎度仲が良いな」
「もう、やめてよ」
登校中ともなれば、クラスメイトにも会う。
その度、からかわれるのもいつもの日常だ。校門までの時間も、あっという間だ。
ただ、愛はこの時間が嫌いではない。
むしろ、ずっとこの時間が続けばいいと思っている。
ただ、そう思う度に……胸が痛む。
このあたたかな時間を提供してくれている尊にも、秘密にしていることがあるからだ。
決して、バレてはいけない秘密。
それは……
ブィイイイイ……!
スカートのポケットの中で、スマホが震える。
取り出したスマホの、その画面を見て……愛は、ため息を漏らした。
今日もまた、"出た"ということだ。いつものこととはいえ、ため息が漏れてしまうのは仕方がないと、勘弁してもらいたい。
「そういや愛って、スマホ二台持ってんのな。芸能人かっての」
「ごめん、私ちょっと用事思い出した!」
スマホをポケットにしまい、愛は今来た道を、逆走する。
当然、並んで歩いていた尊は、突然の出来事に頭が追い付かない。いつもの軽口に、反応もないのだ。
「は? いやだってもうすぐ学校……」
「一時限目までには戻るからー!」
「おーい!?」
後ろから尊の声が聞こえてくるが、愛は構わず走る。
本当ならば、その声に応えてやりたいのだが……
残念ながら、そうもいかないのだ。
なぜなら、この"報せ"は一刻を争うのだから。
…………柊 愛。彼女には、とある秘密がある。