咲き乱れた花のせいで、一部微妙な空気が漂う馬車の中に新たな一石を投じたのは、本部隊の隊長である女騎士サリだった。
「なるほど。魔法職には、そのような悩みがあるのだな。まあ、重くて邪魔だというのは同意だが、私だったら、訓練の時にはおっぱいを取り付け、実戦の際には取り外すようにしたいかな」
「ちょっと、サリ隊長!」
「おっぱいのことを、重し付きリストバンドみたいに言わないでくださいよ!」
「そうは言ってもな。今、ものすごく解放されて清々しい気分なんだよ。とても爽快だ」
天然貧乳騎士たちが、すかさず噛みついたが、女騎士サリはどこ吹く風だ。ちょっとばかり陶酔した面持ちで、天然たちからしたら物申した過ぎる本音を平然と語っている。
後天性平原胸たちは、「騎士ならではの意見ですねぇ」なんて呑気に笑っていたが、すぐに「ヒッ!」と顔を引きつらせた。
地獄の底を這うような不気味な笑い声が聞こえてきたからだ。
発生源は天然貧乳魔術師ミハルだった。
「ふ、ふふふ。ふはは。もういっそ、不要なおっぱいなんて全部焼き払ってしまえば、スッキリするのでは? 外交問題の火種になりかねない王子さえ奪還できれば、それでいいでしょう? そうよね? それに、ほら? おっぱい問題が未解決のまま炎上したほうが、隣国も後からイチャモンつけたりし辛いでしょうし、ね? そう思わない? ふ、ふふ。ふふふ。そうしたら、晴れて私は繰り上がり巨乳ってことになるんじゃない? 奢れる巨乳どもは、天然貧乳以下の平原胸になり下がったみたいだし。貧乳界では大きい方だった私は、繰り上がって、巨乳ってことになるわよね? まあ、この国、限定だけど。国を出る予定はないし、そこは些細な問題よね? ね?」
凪いでいた目は、今やどっしりと重々しく禍々しく座っていた。
後天性平原胸たちによる無自覚おっぱいハラスメントに晒された挙句の部隊長による軽率な「おっぱいは重し付きリストバンド」発言は、ミハルを深淵へと叩き落した。
いっそ、悪い魔女に転職なさっては?――――と言いたくなるほどの暗黒ぶりに天然貧乳仲間である騎士たちですら怯んだが、部隊長サリは平然とこれをはねつけた。
「おっぱいは脂肪の塊だと言われているしよく燃えそうだが、盗まれたおっぱいの中には、王妃様や我が姫を除く姫様方のおっぱいも含まれているからな。却下だ。まあ、聞かなかったことにしておいてやる。皆もよいな?」
サリは表情にも声にも感情を覗かせることはなかったが、それでいて底冷えするような圧をミハルにだけ放った。
サリに釘を刺されたミハルは、顔を青ざめさせた。
盗まれたおっぱいに王族のおっぱいが含まれていたことをうっかり忘れていたとはいえ、場合によっては不敬だと首を跳ねられてもおかしくはない暗黒暴走失言だったことに、今さらながらに気づいたのだ。
その場合、罪状は『貧乳故のおっぱい放火』とかになるのだろうかと益体もないことを考えながら、ミハルは――――。
たとえ、おっぱい的には敵であっても、この人には逆らってはいけない、と肝に銘じた。