――『運命』の再会とは、よく言ったものだと自嘲気味に笑う。
絹依に会えなくなって一年が経ち、居ても立っても居られなくなった槍輔は、少々強引な手段を取ることにしたのだ。妹の桜子によれば、毎年八月になると、絹依は家族と軽井沢の別荘に避暑に行くらしい。江戸川家も華族・伯爵家であるが、軽井沢に別荘など所持していなかった。どうしたものかと思っていた矢先に、学友の一人が軽井沢に別荘を持っているという話を耳にした。
槍輔は恥も外聞も無く格下である子爵家の学友に頼み込んで、ひと夏、軽井沢の別荘を借り受けることに成功する。別荘と言っても、大した大きさはないらしく、大人数での宿泊は難しいと言われた。
仕方がないので、結局は使用人数人を連れて、一人で軽井沢を訪れた槍輔であった。
「まあ。お一人で軽井沢に?」
案の定、驚いた様子を見せた絹依にドキッとしつつ、槍輔は事前に用意していた言い訳を口にした。
「今年の夏は例年よりも暑かったでしょう? 流石の私も参ってしまい、こうして避暑に訪れたのです」
「そうだったのですね。もう出歩いてもよろしいんですの?」
「はい。数日前に軽井沢に到着したのですが、涼しい気候のお陰で体調も良くなり、手持ち無沙汰にこうして釣りでもと外出したところだったのです」
もっともらしい嘘をスラスラと口にした槍輔を疑うことなく、絹依は槍輔の体調が快方に向かったことを素直に喜んでくれた。恋い慕う相手に嘘を吐くことは大いに気が引けたが、絹依に心配して貰えるのはこそばゆく、甘美な幸福だった。しかして初めて、絹依の隣に当然のように陣取る、病弱と噂の義弟に目を向けた。
吾桑伯爵が傍系の麻生男爵家から養子を引き取ったという話は耳にしていたが、その存在は厳重に秘匿され、『病弱が故に殆どを邸で過ごしている』という情報しか得ることが出来なかった。
絹依から『義弟は
――それにしても、先程から刺し殺すかのような敵意を向けられている気がするのは、槍輔の気の所為であろうか?
槍輔は、絹依と他愛もない世間話をしながら、チラリと薫を一瞥した。するとたまたまであろうが、夏の晴天を思わせる碧眼と、パチリと視線が交わった。瞬間、槍輔の心臓がドキッと拍動する。思わず胸を押さえた槍輔を見て、薫はふわりと花咲くような笑顔を浮かべたではないか。何故だか見てはいけないものを見てしまった気がして、不自然なほど素早く視線をそらしてしまった。
ドキドキと高鳴り止まぬ心臓は、槍輔の小麦色に焼けた肌を紅潮させる。流石に不審に思ったのであろう。絹依が会話を途切れさせて、首を横に傾けた。
「槍輔さん? お顔が赤うございますわ。どうなさったの?」
「いや。大したことはないのですが、少々動悸がしまして……」
「まあ。それは大変だわ。お部屋を用意するので、少し休んでいかれてはいかがです?」
「あ、いえ、そこまでしてもらうわけには、」
「ぬい姉様のおっしゃるとおりです。無理をせず、休んでいってください」
ここにきて、初めて声を発した薫に、驚きの目を向ける。
槍輔のことを心の底から心配し、気にかけてくれる蒼穹の双眸に見つめられ、知らず知らずのうちに「はい」と答えてしまった。しまった、と咄嗟に口を押さえたが、時すでに遅し。絹依は
「槍輔さん。すみませんが、少々席を外させていただきますわ」
「あ、はい。手間を掛けさせてしまって申し訳ありません」
「体調がお悪いのですもの。そのようにおっしゃらないでくださいな」
にこりと慈悲深い笑みを浮かべた絹依を見て、槍輔はほっと肩の力を抜いた。
――そうだ。絹依のこの笑顔が好きなのだ。
薫に抱いた感情は、気の所為に違いない。そう思った矢先。
「かおくん。わたくしの代わりに、槍輔さんの様子をみていてくださる?」
「はい。ぬい姉様。僕に任せてください!」
「ふふっ。頼もしいこと。――それでは槍輔さん。暫しの間、お待ちになってくださいな」
そう言って絹依は、槍輔の返事を聞かずに席を立ってしまった。思わず伸ばした手は行き場をなくし、ノロノロとした動きで膝の上に置いた。
絹依がいなくなった客間に、居心地の悪さを感じていると、
「槍輔さん、とお呼びしてもよろしいですか?」
「えっ、ああ、はい。どうぞ好きなように呼んでやってください」
「ふふっ、嬉しいです! 僕、このような見目をしてますでしょう? 学校にも通えず、同性のお友達がいないんです。……槍輔さん。もしご迷惑でなければ、僕の初めてのお友達になってくれませんか?」
恐ろしいほど整った顔を照れさせながら、モジモジと指同士を絡める可憐な姿に、思わず生唾を飲み込んだ。
――この少年に近づくのは危険だ。
本能がそう叫んでいるにも関わらず、槍輔はコクリと頷いてしまっていた。やったあ! と無邪気に笑う薫の姿を見て、ようやく年相応な振る舞いを目にすることが出来たと、槍輔の頬はユルユルと緩んだ。
然れど、