いつもより更に晴天を近くに感じる、蒸し暑い夏のある日。少しでも涼しくなるようにと、
何も言わず抵抗もしない薫を、先生は酷く渇きを覚えたように、じっと見つめている。それに気がついた薫の、けがれのない蒼穹の瞳が、先生の切羽詰まった視線と交わった。
先生の血走った
――ああ。食べられてしまう。
漸く薫が危機感を覚えた瞬間、先生は、薫と唇を重ねようと顔を近づけ――
「一体、何をなさっておられるのです!?」
盆の上に冷えた麦茶を載せた絹依が、顔を
「ちょっと、お待ちなさい!!」
初めて聞く絹依の怒声が薫の鼓膜を震わせる。次いで、その場に盆を落として、先生を追いかける絹依の足音と、板張りの床に木の盆がコンカラカラと音を立てて落ち、
汗をかくほど火照っていた身体の体温が急速に下がり、寒さを感じながら、同じ性別である男に、性の対象にされた恐怖に駆られた。全身が小刻みに震えて、歯の根が噛み合わずカチカチと鳴り、ただただ涙が流れていくばかりであった。
騒ぎに駆けつけた
逃げた先生の身柄は、たまたま邸に居た
◆◇◆◇◆◇
「かおくん、どうなさったの?」
「――ううん、なんでもないよ。ぬい姉様」
さりとて、薫の言葉を簡単に信じる絹依ではないだろう。絹依は別荘に持っていく薫の衣服を畳んでいたのだが、その手を止めて衣服を端の方に避けると、薫をちょいちょいと手招いた。薫は、どうしたのだろう? と思って首を
薫は膝立ちのまま、緊張しながら、絹依ににじり寄っていく。
薫が一人で百面相をしていると、待ちくたびれた絹依の手によって、強制的に膝枕をされてしまった。薫の身体は緊張でガチガチに硬くなり、手汗脇汗足汗が酷いことになっている。臭くないだろうか? そう思った時だった。
「――不思議だわ。かおくんの身体を撫でていった風から、ラベンダーの爽やかな香りがするのよ。ほんのり土の匂いがして、とても落ち着きますこと」
ズボンの尻ポケットに入れておいた栞のラベンダーの香りが薫を救ってくれた。元はと言えば、絹依が花冠を贈ってくれたことがきっかけである。あの頃は、絹依の花冠に救われた気持ちがしたが、今回も再び救われてしまった。
「……僕はぬい姉様に助けてもらってばかりで、情けない男だよね。こんな弱い男、ぬい姉様はお嫌いでしょう?」
「なにを馬鹿なことを! かおくんはこれから強く逞しい日本男児におなりになるのです! まだ十二歳になったばかりだというのに、今から悲観的になってどうするのです? まだまだ人生は続いていくのですよ? ……それに。たとえ、どのようなことが起ころうとも、わたくしがかおくんを嫌いになることなど万が一にもありませんわ」
「万が一にも?」
「ええ。だって、初めて出会った時からずっと、かおくんはわたくしの自慢の義弟なのですもの。これは、わたくしの本心でしてよ。信じていただける?」
俯いたまま首を傾けた絹依を見上げて、ああ、やはりこの
「はい、信じます。大好きな、ぬい姉様のお言葉ですから」
いつも胸に秘めている『愛してる』の気持ちを『好き』だと言って誤魔化す。
然れど、絹依には充分だったようで、花がほころぶような笑顔を見せてくれたのであった。