父の帰りを待つ間、
アイアン製の白いテーブルの上には、紫色の可憐な花をつけたラベンダーの他に、透けるような白い花弁が愛らしい小花のポテンティラ。淡い黄色の八重咲きの
絹依は、器用に手際よく花冠を作っていく母の手元を見ながら、四苦八苦と花々を編み込んでいく。
「……お母様。わたくし、花冠を作る才能がないみたいですわ」
「おかしいですわねぇ……絹依さんの手は、美しい花を育てる妖精の手だというのに」
頬に手を当てて首を傾ける母の手には、売り物になりそうな程、素晴らしい出来の花冠が握られている。絹依は唇を尖らせて、其れを横目に見ると、再び深いため息を吐いた。普段は褒められて嬉しい『妖精の手』も、目の前にある無惨な姿の花冠を見れば、ただの嫌味にしか感じない。もちろん、母にそのつもりがないということは、絹依も重々承知の上だが。
もう一度挑戦してみよう、と絹依がラベンダーに手を伸ばすと、玄関扉から女中の千代子が現れた。紫と白の
◆◇◆◇◆◇
「で、出来ましたわ……!」
今までで一番上手く出来た――といっても、よれよれではあるのだが――花冠を手に、絹依はやりきったという顔をした。其の姿を微笑ましく見ていた母は、車が走ってくるエンジン音を耳にして、椅子に座ったまま門扉の方を振り返った。それにつられるようにして、絹依も門扉の方を見遣る。
黒塗りの車が停車し、ほどなくして、父と
「なんて綺麗な金色の髪なの」
絹依はほうっと息を吐いて、頬を桜色に染めた。運転手が門扉を開き、父と笑顔を浮かべた少年が、妖精の道を歩いてこちらにやってくる。――あの花の道は、父から贈られた洋書の影響を受けた絹依が、『
「……お母様。わたくし、夢でも見ているのかしら?」
「あら。どうなすったの? 絹依さん」
うっとりと少年の姿に見入っていると、蒼穹を思わせる青い瞳がこちらを見た。時を同じくして、母が椅子から立ち上がる。
「あなた、おかえりなさいませ」
ハッとした絹依も、急いで椅子から立ち上がった。
「おっ……お父様、おかえりなさい!」
母に続いて父に駆け寄ると、父はシルクハットを脱いで朗らかに笑った。
「ああ、ただいま。絹依。喜ぶといい。お前の
父が手招きすると、陶
「あなたがわたくしの弟になるお方ですの?」
絹依が話かけると、薫はふっくらとした頬を、
「は、はい! 薫と申します!」
――なんてことだろう。声まで美しいではないか!
「わたくし、
いきなり図々しいだろうかと思いつつ
「よろしくおねがいします。……ぬい姉様」
「お父様ったら酷いわ! かおくんがこんなに愛らしい子だなんて、わたくし聞いておりませんでした!」
「か、かおくん?」
「あら、いやだ。わたくしったら。薫さん。わたくし、薫さんのことを、『かおくん』とお呼びしたいの! ……駄目かしら?」
少しあざとらしくお願いすると、薫は押しに弱いのか、こくこくと頷いてみせた。嬉しくて嬉しくて、絹依は、ぱあっと満面の笑顔になった。
「かおくん、お顔が真っ赤ですわよ? 照れていらっしゃるのね? ああ、なんて可愛らしいのかしら! かおくんみたいな、綺麗で愛らしい
「ぼ、僕も! ぬい姉様みたいな、美人で優しいお姉様ができて、とても幸せ者だなって思っています!」
「あら。それじゃあ、わたくし達は両思いですわね!」
絹依が笑いかけると、薫も笑みを返してくれた。しかる間、母が花冠を取って戻ってきた。
「絹依さん。これを」
「あっ、そうでしたわ! かおくん。歓迎のしるしに、この花冠を受け取ってくださいまし」
そう言って、鳥打帽を外し、代わりに花冠を乗せる。
「まあ! とっても似合うわ!」
「そ、そうですか?」
「ええ! とーっても! ……どうかしら? 気にいっていただけて?」
薫は頭に乗った花冠を、さわさわと触ったのち、まろい頬を薔薇色に染めて、ふわりと花笑みを浮かべた。
「はい! とても気に入りました! ありがとうございます、ぬい姉さま!」
「うふふ。かおくんに喜んでもらえて、わたくし、とっても嬉しいわ!」
こうして薫は、絹依の自慢の義弟になったのだった。