華族令によって、
それ故に吾桑伯爵は、後継者に足り得る血族の男子――薫を必ず迎える必要があったのだという。
「――だが、麻生男爵に渋られてしまってね。
「……いいえ。ありのままを話してくださってありがとうございます」
薫は
「そうだ。薫くん」
「はい。なんでしょう?」
「
そう言った吾桑伯爵が真剣な眼差しを向けてきた。
――余程、重要な話なのだろう。
そう考えた薫は身体ごと吾桑伯爵に向き合うと、いつも隠して生活してきた両眼の碧眼で、吾桑伯爵の黒々とした瞳をじっと見上げた。
吾桑伯爵は、薫の誠実な態度に満足しながら話始める。其の話の内容は、薫にとって、思いも寄らないものだった。
「ぼ、僕が吾桑伯爵様の御息女と婚約……!?」
「――と言っても、何も今すぐに、という話ではないのだがね」
「そっ、そうですか……」
薫はほっと息を吐いて、驚きと緊張のあまり一気に乾燥してしまった口を、もごもごと動かした。
「……私の娘と婚約するのは嫌かね?」
「いっ、いえ! 嫌というわけではなく……!」
「父親の私が言うと、色眼鏡で見ていると思うかもしれないが、絹依は気立てがよく器量よしでね。
吾桑伯爵の子煩悩ぶりに呆れることなく、薫は当然だと言わんばかりに、真剣な面持ちで相槌を打つ。吾桑伯爵は、年端のいかぬ薫の早熟た顔を見て、そうならざるを得ない環境で育った薫を不憫に思った。
「今日から君は、公家華族・吾桑伯爵家の嗣子となる。そして弱冠の頃になれば、絹依と婚姻を結び、吾桑伯爵家繁栄の為に尽力してもらわねばならぬ。……君の人生は私が買った。行く末も決まっている。不満に思うだろうが、承服してもらわねばならないのだ」
そう言って、吾桑伯爵は、シルクハットを脱いで頭を下げてきた。薫は思わぬ出来事に
「僕は今まで、
「薫くん……君は……」
「ですから僕は、吾桑伯爵様の御息女には、心の底から愛する殿方と一緒になって頂きたいのです。僕の新しい……いえ。
尚も言い募ろうとした薫の肩に、吾桑伯爵の大きくて温かい手が優しく置かれた。
「……みなまで言わずとも、薫くんの、絹依を
「では――」
「ああ、良いだろう。君の望みを叶えよう。――ただし、条件はつけさせてもらうよ」
吾桑伯爵が提示した条件とは、絹枝が高等女学校を卒業する十七歳までに婚約相手が見つからなければ、予定通りに薫と婚約させるというものであった。薫は大変満足し、何度も何度も頭を下げて喜んだ。これで絹依は――薫の義姉となる女性は、辛い婚姻をせずに済むのだと、薫の母とは違った人生を歩むことが出来るのだと、涙を流して喜んだのだった。
――
かくの如き未来が待っていることなど知る由もない薫は、初めて『家族』の一員となれることに歓喜し、新たな生活に心を躍らせていたのであった。