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第10話:イワシフライとハムカツ

 香奈乃が買ってきた袋の中を覗く。


「なかなか良いイワシじゃないか」


 アジがイワシに変わっていたが問題ない。アジフライ同様イワシフライも美味い。


「さっそくやるか」


 皿を3枚用意してそれぞれに、小麦粉、溶き卵、パン粉を入れる。


 イワシには塩コショウを軽く振り、小麦粉を付けて溶き卵に潜らせる。最後にパン粉を付けて完成。


 それをイワシ全部に施し、続いてハムにも衣を付けていく。


「よく見りゃハムは薄切りじゃなくて厚切りか。豪勢だな」


 パンなどに乗せるハムではなく、1センチを超える厚さ故に、フライにすれば食べ応えは十分だった。


 同じように衣を付け、冷蔵庫で休ませる。


 流石に午後4時から夕食というのは早過ぎる。


「後2時間くらいか。それまでゲームでもしてようかね」


 今日は打ち合わせを頑張ったから執筆業も休みと決め、夕飯までのんびりとホラーゲームを楽しむことにした。





 ゲームとは恐ろしいもので、一瞬にして時間が溶けた。時計を見れば1時間半を優に超えている。


 凜は急いでセーブポイントまで走り、セーブをしてゲームの電源を切った。


「さすがにゲームが理由で夕飯を待たせるのは悪いよな」


 苦笑いをしながらキッチンで手を洗い、冷蔵庫のフライを取り出した。


 鍋に油を注ぎ入れ火をつける。しばらく待った後、パン粉を一つまみ入れてみると、沈むことなく泡を吐き出した。


「よし、良い感じの温度だ」


 最初はイワシから揚げるので、ゆっくりとイワシを2尾入れる。


 下手にいじらず、衣が固まるのを待ちながら香奈乃に素早く連絡を入れる。


 すると3分と掛からないうちに香奈乃がやってきた。


「お邪魔します」


「いらっしゃい。もう少しかかるから上がって待っててくれ」


 香奈乃をリビングに通し、自分はフライに意識を戻す。


 だいぶ衣がキツネ色に染まってきたのを確認しひっくり返す。そして両面に揚げ色が付いたところで油から引き上げてキッチンペーパーの上に乗せて余分な油を切る。


 空いたフライパンに、もう一度イワシを2尾入れて揚げていく。それも揚がったらハムを入れる。


 魚と違い、ハムは完全に火が入っていなくても食べられるものなので、衣が色付いた時点で引き上げて問題ない。


 全てを揚げ、コンロの火を強くする。


 1分もしないうちに油は高音になり、2度揚げの準備が出来た。


 最初に出来たものから順番に再び揚げていく。


「出来た」


 フライを皿に盛りつけて、リビングに持っていく。


「熱いうちに食おうぜ」


 待ってましたと言わんばかりに香奈乃は笑顔でテーブルに着いた。


「「いただきます」」 


 2人は揃ってイワシフライに箸を伸ばす。


 凜はソースを手に取り、香奈乃は醤油のキャップを外した。


「出来立てのフライって、良いわよね」


「温かい料理ってのは、幸福度が高いらしいからな」


 そんな事を言いながら、1口食べる。サクサクとした衣とフワフワの白身は、噛むほどに美味い。小骨はあるが、イワシの骨なので気にすることも無かった。


「お前、醤油派なのか」


「そうよ。魚には醤油でしょ。お刺身やお寿司に合うんだからフライにだって合うわよ」


 そう言われればそうか。と納得したような表情を作る凜。フライと言えばソースという固定概念に囚われていたが、醤油でも不思議なことはない。


 美味しそうに食べる彼女につられ、凜もイワシフライに醤油を少しかけて頬張る。


 ソースには無いサッパリとした味だった。和食の風味を感じられるのに、衣の存在が洋食に近づけている。


「確かに美味いな。コレはコレで有りだ」


「そうでしょ? コレはコレで有りなのよ」


 次いで2人はハムカツを食べる。ソースをかけ、練りからしを付けてかぶり付く。魚には無い強烈な旨味。衣、肉、ソース。そのどれもが相乗効果で成り立っていた。


「子供の頃だったら白米だろうけど、これはビールだ」


 凜は言いながらビールを飲む。


「ハムは厚切りにして正解ね。薄切りのも美味しいけど、迫力が違う」

 香奈乃も油を流すためにビールを飲む。


 そして夕飯も中盤に差し掛かった頃、凜が何かを思いついたように立ち上がり、キッチンへと行った。


「何するの?」


 と問う香奈乃に、彼女は振り返りながら告げる。


「ハムカツ。トーストに挟んで食べるか?」


 彼女のやろうとしていた事は、ハムカツサンドだった。確かに、今の食卓にはフライとアルコールしかない。


 物足りないのも事実だった。


「食べる」


 その答えを聞きた凜は、トースターに食パンを入れてタイマーをセットする。2~3分もすれば、こんがりと焼けたトーストが出来た。


「ほらよ」


「ありがと」


 食パンの上にハムカツを乗せ、ソースとマスタードをかけて食パンで挟む。


 パンに挟んだだけだというのに、既に別の料理のようだった。


 香奈乃はハムカツサンドを食べると、美味しそうに唸った。


「からしじゃなくてマスタードなのが美味しい」


 マスタードという辛すぎない調味料の効果により手は止まることなく、あっという間にハムカツサンドは無くなった。


「はぁ美味しかった。ごちそうさまでした」


 満腹になった香奈乃は幸せそうに笑った。


「はい、お粗末さん。で、今日は配信すんの?」


 凜もハムカツサンドを食べ終え、残ったビールを飲みながら聞く。


「今日は配信はしないわよ。だから映画でも観ようかと思ってるの」


「へぇー映画か」


「アンタって映画のサブスク契約してる?」


「いや、興味はあるけど見る時間もあんまり無いだろうし、契約はしてない」


 香奈乃はその返答を予想していた。


 興味はあっても、月々の契約料金が発生する関係で、毎週必ずと言っていいほど映画を観る人間でなければ、支払いがもったいない事になる。


 特に家で仕事をする小説家であれば、就業時間は存在しない。場合によっては全く映画を観ない月も存在するだろうから、契約をしていない可能性が高いとは思っていた。


「そう来ると思って、タブレットを持ってきたのよ。好きなジャンルを言いなさい」


 得意げにタブレットをテーブルに置いて映画のサブスクアプリを起動させた。


「ホラーあんの?」


「……なんで映画までホラーなのよ。恋愛とかアクションとかあるのよ?」


「ホラーじゃなければ、B級作品なんかも良いな。とびっきりバカげてる方が好みだ」


 凜の趣味の悪さに呆れながら、香奈乃はB級作品を探し始めた。


(ホラーよりマシだものね)


 食後の後すぐにホラー映画なんて好き好んで観たくない。凜に選ばれる前に自分で選んでしまった方が精神的にも楽だった。


「デス・ダイオウイカ。なにコレ?」


 ふと目に止まった映画のタイトルを読み上げた。如何にもなタイトルとパッケージがB級感をかもし出している。


「お、面白そうじゃん。聞いたことも無い主演に監督だ。期待できるな」 

 もう乗り気な凜は缶チューハイを開けて準備をしていた。


(どうにでもなれ)


 もはやヤケクソで映画を再生する香奈乃。


 こうして彼女たちの長い夜は更けていった。

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