目覚ましに急かされる事なく起きるというのは幸せなことだ。2度寝でもしようものなら贅沢の極みだとも思う。
そんな事を考えながら、香奈乃はベッドに寝転がってスマートフォンでニュース記事を流し読みしていた。
芸能人の炎上記事に始まり、どうでも良いゴシップ記事。政治や経済の事柄までを読んでいく。
「さて、ゲームのログインボーナスだけ貰っておくか」
ニュースアプリからゲームアプリに切り替えて、ログインを済ませる。報酬で貰ったアイテムを確認して別のゲームにログインする。
合わせて3つのゲームのログインボーナスを
遮光カーテンを開け、日差しを身体に浴びる。
光合成でもするかのように、5分ほど太陽を浴びて眠気を覚ます。
「パンあったっけ」
残っていたような、残っていなかったような気のするパン。無ければ餅でも焼けばいいやと考えながらキッチンへと確認しに行く。
袋に入った残り1枚のパンをトースターに入れて焼く。その間にお湯を沸かしてテレビも点ける。
すっかりお茶の間でお馴染みになったコメンテーターが小難しいことを言っていた。
それを眺めているうちにお湯が沸いたので、マグカップに紅茶のティーバッグと共にお湯を入れる。
段々と茶色に染まる液体から紅茶の香りが立ち、それを吸い込んでゆっくりと吐き出す。
トースターのパンも焼けたので、ジャムを塗って食べる。
香奈乃は学生時代から朝は食べない派だった。別にダイエットだのなんだのいう訳ではないが、寝起きに空腹を覚えないタイプだった。
だが大学を卒業し、パートとして働くようになってから気付いた。朝食を食べなければ身体が持たないという事に。
昼の休憩前までに空腹がピークに達し、本当に倒れる寸前まで行った事もある。そのため、彼女は朝食の意味を理解して、最近ではどんなに忙しくても朝食を取るようにしていた。
その習慣は休日にも適用され、逆に食べなければ落ち着かない身体になっていた。
パンと紅茶で簡単な朝食を済ませた香奈乃は、洗い物をし、洗濯機を回し、掃除機をかけた。休日を意味あるものにしたいという願望から、部屋中を掃除した。
「無意味に寝て過ごすのも虚しいものね」
洗濯物を干しながら、彼女は呟いた。
全てが終わっても、時間は午前10時16分。次に彼女が行ったのは読書だった。
彼女の趣味は、学生の頃から変わらずに読書だった。祖母が読書家で、実家にある本棚には本がきっちりと詰め込まれていた。
香奈乃はその本棚から面白そうな本を発掘しては読み
いまでも休日には読書の時間を
「表紙買いしたけどアタリだったわね」
なかなか奇抜なSF小説だが、設定もキャラクターもしっかりとしている。
SF小説特有の難解な言い回しもあるが、慣れてしまえば気にならない。
スラスラとページを
「お腹空いたわね」
朝食を食べてから家事に精を出していたのだから、空腹は当然といえた。
普段はコンビニなどで買ったものを食べているのだが、
「有るもので済ませよう」
買いに行くのも面倒なので、適当に済ませることにした。
冷蔵庫の中を確認するが、大したものは入っていない。最低限生きていけるだけの材料が眠っている。
「適当に切る、煮る、焼くができるだけの材料は有るけど、正直それすらも面倒だし出来る気がしない」
筋金入りの料理音痴を自称するだけあって、料理に対するハードルは高かった。
色々と考えた結果、サラダに冷凍うどんを乗せる事にした。
「サラダうどんにしよう」
冷凍のうどんをレンジで温めている間に、レタスの葉とトマトを洗って適当に切る。
切った野菜を皿に盛りつければ、後はうどんの解凍を待つだけだが、なにか物足りない。
野菜を増やすのか、それとも焼いた豚バラでも入れようかと考えたが、どれもしっくりとは来ない。一体なにが良いのかと考えた末に辿り着いたのはツナ缶だった。
「やった1缶だけ残ってた」
戸棚の奥の方に眠っていたツナ缶を見つけ、賞味期限を確認してから蓋を開ける。
中のオイルは必要ないので捨てていると、電子レンジが温めを終了した。
熱々のうどんをサラダの上に乗せ、さらにその上にツナを乗せる。そこに濃縮タイプのめんつゆを水で薄めずに回しかけ、仕上げにマヨネーズををかける。
「ヘルシー路線のサラダうどんに、マヨネーズという背徳を与える行為。最ッ高」
悪い笑みを浮かべながら、気持ち多めにマヨネーズをかけて完成。
うどんを抱えながらリビングに戻って手を合わせる。
「いただきます」
モチモチとしたうどんに、ツナとめんつゆとマヨネーズに絡む。ジャンクな味わいを見せながらも、しっかりと昼食として成り立っている。
そしてトマトとレタスがあることで、食べ応えと満足感が十分に感じられた。
香奈乃はうどんを食べながら、なんとなくスマートフォンでSNSを眺める。
様々な人間が、思い思いな事を呟いている。
飼っている犬の寝相が悪い。新作ゲームの宣伝。ライフハック。友人Vtuberの呟き。それらに反応したりしていると、1つの記事に目が止まった。
『アジフライには醤油? ソース?』
「アジフライには醬油でしょ」
実家でアジフライが出た時は絶対に醬油だった。祖母も父も母も醤油をかけていたので疑問に感じた事は無かったが、世間では完全にソースが覇権を握っていた。
「まぁそんな気はしてたんだよね。友達と居酒屋行った時も珍しがられたし。けど美味しいのよね」
結局は美味しく食べれば問題は無い。と記事の締めくくりにも書いてあった。
サラダうどんを食べ終えた香奈乃だったが、あることが頭から離れない。
(アジフライ食べたい)
片付けをしていても、何をしていても考えてしまうキツネ色の衣と醬油。
「頼んだら作ってくれないかしら」
都合よく頼んでいるようで申し訳ないが、我慢できなかった。
拝むような気持ちでメッセージを送ると、すぐに返事が来た。
『わかった。作ってやるよ』
香奈乃はガッツポーズをして、感謝のスタンプを押す。
そうと決まれば話は早い。さっさと身支度を済ませると、材料を買いに向かった。
アジなどの材料だけならば、自分が働いているスーパーで事足りる。だが彼女の足は別の方向へと向いて歩いている。
流石に休日まで職場に行きたくない。という気持ちと、折角出かけるのならば少し遠出をしたいという思いから、駅前の複合商業施設に向かうことにした。
住んでいるマンションから、駅前まではバスを利用する。晴れた平日の昼下がりという事もあり、利用客はほとんどおらず、ゆったりと外を眺めながら過ごした。
30分ほどで駅前に着き、バスを降りて商業施設に足を踏み入れる。
休日ともなれば、多くのカップルや家族連れでごった返す場所だが、平日ならそれほど人も多くない。
エスカレーターで上の階に昇り、ブティックを見て回る。高くて絶対に買えないハイブランドのバッグや靴を眺め、別の店で流行のファッションをチェックする。
そんな事を繰り返しながら、目的の1つである本屋に立ち寄った。
小説の新刊が平積みで並んでいるのを端から眺めていく。香奈乃自身は、面白そうだと感じればどんなジャンルの本でも手に取ることにしていた。
表紙に魅かれることもあれば、作家の名前で買うこともある。ネットで検索してしまえば面白いかどうかなど簡単に判断できるのだろうが、あえて自分の直感を信じて選ぶことを信条としていた。
目ぼしい物を4冊ほど手に取り、レジへ持っていって購入する。
満足な笑みを浮かべながら、香奈乃は本来の目的の場所へエスカレーターで向かった。
「地下の食品売り場なんて久しぶり」
普段の買物は職場で済ませてしまうし、何より料理をしないのだから近寄る必要もなかった。
カゴを持って鮮魚コーナーを目指す。
「流石に種類は多いわね」
メジャーな魚に加え、珍しそうな魚も数種類並んでいる。その中で、目当てのアジが見つからない。
「今日はアジが入らなかったのかしら」
スーパーで働いていると、時々そういう場面に出くわした。自然に生息する魚なので、とうぜん漁獲量は一定ではない。様々な理由でスーパーに降りて来ないときもある。
こればかりは誰に文句を言える話しではないので、フライは諦めようかと思ったが、あるものが目に入った。
「イワシか」
丸々と太った良いイワシだった。
「イワシフライに変更しましょ」
4尾が入ったパックを選び、鮮魚コーナーの店員に声をかける。
「あの、コレをフライ用に開いて貰えますか?」
「かしこまりました。少々お時間をいただきます」
そう言われ、3と書かれた整理番号のカードを渡される。
(やっぱり便利よね。このシステム)
イワシを店員に預け、香奈乃は買物を続ける。
徳得屋でもそうだが、この店でも購入する魚を
結局は頭も骨も要らないのでゴミが減る上に、プロに捌いてもらうのだから失敗もないので安心できるのも大きい。
鮮魚コーナーの近くをウロウロしているうちに、
「3番の札をお持ちのお客さまー」
香奈乃は札を返し、綺麗に腹開きになったイワシを受け取る。
そこからハムカツようのハムを選び、会計を済ませた。
来た時と同じようにバスに乗り帰路に就く。
凜が帰ってきてるのかわからないので、一先ず自分の家の冷蔵庫に入れようと部屋の鍵を開ける。すると、隣の部屋の扉が開き、凜が顔をのぞかせた。
「よお、荷物受け取るぞ」
「あら帰ってたの?」
「さっきな。下ごしらえするから材料くれ」
凜に材料を渡す。
「準備できたら呼ぶわ」
「手伝えなくて悪いわね。ありがとう」
「気にすんな」
それだけ言うと凜は荷物と共に扉を閉めた。