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第7話:配信スタート

「良い? 絶対に私の本名は言わないでよ? 私は、つぶらたまきだからね」


 3度目の念押しをしながら香奈乃はPCの電源を入れる。


 先ほどまで居た凜の部屋から、香奈乃の部屋に場所を移した2人。


「ホントに私もやるのか? 部屋には居てやるから、1人でやれよ」


 あまり乗り気ではない凜が面倒臭そうにするが、受け入れられなかった。

「アンタが物音でも立てたり、声なんかが入ったら一大事なのよ」


 要らない誤解は避ける。それはVtuberとしての基本だった。誤解を解くのは簡単ではないし、1度疑惑を持たれてしまえば、それが消えるまで思うような配信はできない。


 そうならないように、視聴者に凜という存在を紹介して一緒にゲームをすると宣言した方が、話しがこじれずに済む。


 その説明をしたが、凜は興味無さそうに、大変なんだな。と、適当な返事をするだけだった。


 配信に必要な準備は出来たので、ゲーム機とPCを繋げてソフトを動作せる。


「さて、始めるわよ」


 香奈乃は気合を入れて配信開始のボタンを押した。


 軽快なBGMが鳴り始めると同時に配信内のコメント数も加速していく。


『来たー』


『今日も皆でサボろう』


『悲鳴たのしみw』


 などのコメントが多いことが、彼女の配信への期待値の高さを現していた。視聴者人数もガンガン増えていき、熱狂していくのを感じる。


「みんなー。今日も私のサボタージュに付き合ってくれてありがとう! 先生に見つからないように遊ぼうね」


 香奈乃は円環として喋り出した。


(キャラ違い過ぎんだろ)


 彼女の背中を眺めていた凜はただただ驚いた。先ほどまでビールを飲みまくっていた香奈乃の時とは全く違う声色だった。


 円環は文芸部に所属する女子高生で、時折授業をサボっては文芸部の部室でゲームをしているという事らしい。


 明るく親しみやすいというキャラクターなので、声のトーンも高くテンションも高い。


「SNSでも言ったし、タイトルにも書いてあるんだけど、今日は私の友達とコラボしたいと思います。彼女はVtuberじゃないんだけど、ホラーゲームを一緒にやってくれるって言うから誘っちゃったんだよね」


 チラリと凜の方を見る環。


(喋れってことか)


 あまり乗り気ではないものの、乗り掛かった舟という言葉もある。


「どうも」


 短く声を発しただけなのにコメントには反応があった。


『ぶっきらぼうw』


『テンション低ッ』


『円が無理矢理連れてきたのか』


 などなど。割と好意的に受け止められているようだった。


 その中で1つ、気になるコメントが環の目についた。


『名前は?』


「……名前」


 環は自分の失敗に気付いた。


 凜の名前を決めていなかった。本名の凜でも良いのかもしれないが、それよりは別の名前を考えたほうが賢明だろう。


 環は脳をフル回転させ、絞り出した名前を口にした。


「友達の事は、リリィって呼んでねぇ」


 引きつった笑顔と共に後ろを振り返ると、凜は嫌そうな表情をしていた。


 自分の柄にもない百合リリーなどと名付けられた事に対する不満もあるのだろう。しかし、言ってしまったものは取り消せない。


「えーと、今日はこのホラーゲームに挑戦しまーす」


 話題を変えるために、環は今からプレイするゲームの紹介をする。


「『眼の無い街』。これってリアルな描写が怖いって有名なんだよね。私ホラーって苦手だからリリーにも協力してもらうよ」


 さっそくスタート画面からニューゲームを選ぶ。


 禍々しいムービーが流れる。夜に子供たちが彷徨い歩いているのだが、どの子供たちも嬉しそうにしていた。


「怖ッ」


「まだ始まってもないだろ」


 ホラーゲームに耐性があり、プレイ済みでもあるリリーは冷静だが、ホラーゲームが苦手な環は怯えながらコントローラーを握りしめる。


 行方不明になった子供たちを探すために依頼を受けた探偵の男。訪れた街で、子供の事を聞こうとしたが大人たちは嫌そうに追い払うだけだった。


「あ、もう動かすのか」


 ムービーが終わった事で、環がコントローラーを操って主人公を動かすのだが、恐怖でなかなか進む事ができない。


「早よ進め。その家の中に入って人に話しかけな」


 リリーが早くしろと急かす。


 怯えながらも配信であることを忘れていないので、放棄することなく進んでいく。


「なんか出る?」


「いちいち教えてたら面白くないだろ」


 もっともな言葉にぐうの音も出ず、再び歩き出したとたんにゲームの中で黒猫が足元を通り過ぎた。


「きゃあ!!!!!!」


 いわゆるビックリポイントだったらしく、それに見事に引っかかった環はコントローラーを落しかける。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 呼吸を荒くしながらコントローラーを握りなおし、ゲームを続ける。


 家人に話しかけ町の事情を聞いた。街の過去、理解しがたい儀式、利用される子供。そのような事を聞きながら、主人公は深淵しんえんに近づいて行く。


 配信が1時間を超えたころ、環は限界を迎えた。


「もう無理、叫び疲れた」


 げっそりとした表情で、彼女はコントローラーをリリーに手渡した。


「交代してもいいけど、私は喋らないからな」


「ちょっとは喋ってよ。何でもいいから」


 結果から言えば、配信は大成功に終わった。コントローラーを受け取ったリリーは、驚くほど無言でゲームを進めていった。


 敵の攻撃を難なくかわし、あっさりとボスを倒していく。その動きに視聴者はコメントで歓声をあげ、投げ銭を送りまくった。


「今日はこれくらいにしとこうか」


 淡々とクリアしていくリリーを、環が止める形でゲームをスタート画面に戻した。


「それじゃあ皆、私のサボタージュに付き合ってくれてありがとう。今度も一緒に遊ぼうね」


 その締めの挨拶をもって配信は終了した。


 配信終了画面になっても、コメントの嵐は止むことなく続く。


『リリーちゃん良かった』


『面白かった。このシリーズに期待!』


『今度も2人で配信してくれるのかな』


 などなどの言葉が散見された。


「何で大して喋らなかったのに人気なのよ」


 コメントを読みながら香奈乃は呟いた。配信中とは違い、いつも通りの彼女に戻っている。


「良いじゃないか。物珍しいから面白かったんだろ」


 適当な感想を述べる凜は続けて、


「まぁ次回からは1人で頑張ってくれ」


 と香奈乃の肩を叩いた。


 しかし言われた香奈乃は、それに納得していなかった。


「は? 何言ってんのよ。これだけ人気が出たんだから、せめてこのゲームだけは最後まで付き合ってもらうわよ」


 肩に置かれた凜の手を掴んで離さなかった。


「マジか」


「マジよ」


 こうして期間限定ユニットが結成され、後日おこなわれた配信がもの凄い人気となったのだが、それはまた別の話。

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