「夕飯できたぞ」
豆腐を持ってリビングに現われた凜は、テーブルに豆腐を置き、続けざまに鰺の南蛮漬けを真中に置いた。
「
香奈乃は目を輝かせながら見つめる。
「もうちょっとで、焼きおにぎりもできるから待ってな」
そう言うと凜はキッチンへ戻り、トースターの扉を開けると、焼きおにぎりに醤油をかけた。
熱せられた醤油が湯気となって鼻孔を刺激する。しかも醤油が焦げる匂いとごま油の匂いが混ざると、途端に空腹が加速する。
焼きおにぎりを取り出して皿に乗せ、冷蔵庫から自分の分のビールをを取り出して、足早にリビングに行くと香奈乃に声をかける。
「出来たぞ。食べよう」
2人でテーブルを囲い、手を合わせる。
「「いただきます」」
今日の頑張りを称えるためのビールで喉を潤し、凜はさっそく箸を南蛮漬けに向ける。
取り皿に乗せた野菜と小鰺。もったいぶることなく小鰺を頭から食べる。じっくりと油で揚げたことにより、何の問題もなく頭も骨も食べることが出来た。
サクサクとした頭と、衣にしみ込んだ調味液がジュワりと溢れだしてくる。最初は酸味が強いような気もするが、魚と調和することで美味しさを発揮している。
「うん、骨は気にならないな。さっぱりしてて美味い」
「ホント美味しいわね。このカボチャも素揚げしてるんでしょ? 甘さと酸味が
「南蛮漬けには、なんの野菜を入れても美味いんだよ。キノコ類とかな」
感想を言いながらも箸は止まらない。次に香奈乃は焼きおにぎりに手を伸ばす。
ごま油と醤油という組み合わせを香りで堪能してから1口頬張る。バリッとした
「普通のご飯も良いけど、焼きおにぎりは特別感があって嬉しいわね」
感動した表情で2口目をいく。
一方の凜は冷奴を食べる。市販の豆腐だが、薬味が乗っているだけで随分と食べ応えがあった。大葉とミョウガの爽やかな香りが鼻を抜け、後から大豆の味が来る。
豆腐を飲み込んでからビールを
全てを癒すコンビネーション。居酒屋メニューな気もするが、満足度でいえばとても高い夕飯だと言えた。
「そう言えば今日、休憩してたら同じパートの人にVtuber知ってるかって聞かれて、身バレしたんじゃないかって焦ったのよ」
「? バレたら嫌なのか?」
「当たり前じゃない。アンタがデビュー作隠してたのと同じよ」
何となく理解できた。凜にとってのデビュー作は、日記に等しい破壊力がある。それを知らない人間ならまだしも、知り合いや身内に話しのネタにされるのは精神的にクルものがある。
「それで、バレてなかったんだろ?」
「まあね。でもいずれバレるかもしれないわ。子供経由で私に辿り着くかもしれないし、母子でVtuberに興味を持ってるうちに声からバレる事も考えられる」
そこまで話すと、香奈乃は勢いよくビールを飲み込んだ。
まるで罪を犯した逃亡犯の
いつの間にか夕食というよりも、晩酌にシフトした彼女たちの夜は過ぎていく。
「さて、そろそろ片づけるか」
凜は残っている酒を飲み
「洗い物はやるから座ってなさい」
そう言うと彼女は、手早く食器をまとめて立ち上がりシンクへと歩いて行った。
「悪いな、助かるよ」
背中越しに礼を言うと、凜は何本目かになる缶サワーを開ける。
しばらく水の音とテレビの声が混ざっていたが、20分ほどで香奈乃が戻ってきた。
「気になってたんだけどさ。アンタってゲームするの?」
「ん? するけど?」
香奈乃の視線の先には、テレビ台の下に置かれている据え置き型のゲーム機に注がれていた。その中には最新機種も含まれており、ソフトも充実していた。
「なんか貸してやろうか?」
凜が言うと、香奈乃は首を横に振った。
「ホラーしかないじゃん」
並んでいるソフトの背表紙をみると、どれもホラー要素を含むものばかりだった。有名なものから無名なものまでが揃っている。
「ホラーゲームは日本が誇るコンテンツだろ」
「私ホラーゲームって苦手なのよ。ソフトの開発中に怪奇現象が頻発したってエピソードも含めて苦手」
「確かにそんなエピソードを持ってるソフトもあるけど、購入者には関係ないだろ」
ホラーゲームの開発前にはお祓いをすると言う噂もあるが、実際のところはわからない。しかし、そのような要素があるからこそゲームとしての面白さがあるのだと凜は考えていた。
「何かあってからじゃ遅いじゃない」
香奈乃はいたって真剣に告げる。
「もし、ゲーム中に怪奇現象が起こったらどうする? 配信中にそんな事が起こっても誰も助けてくれないのよ?」
「配信中の怪奇現象なんて美味しいネタだろ」
何気ないツッコミを入れると、香奈乃はその言葉を考え始めた。
「確かにネタにはなるのか? でも、1人では……」
ぶつぶつと呟いていた彼女は、1つの結論に至った。
「そっか。一緒にやればいいのよ」
その言葉の意味を理解できなかった凜は首を傾げる。
「だから、私とアンタでゲームをやれば良いのよ」
その言葉を脳内で反芻てようやく意味を理解した。
「は?」
それでも凜の口から出た言葉はそれだけだった。