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第3話:親子丼

 気まずさも何もあったもんじゃない。凜の隣の部屋の住人は香奈乃だった。


「1人で何騒いでんだ。窓位閉めろよ防音の意味ないだろ!」


「そっちこそ壁ドンしてんじゃないわよ。視聴者にバレるとこだったでしょ!」


 しばらく続いたケンカだったが、冷静になると玄関先での言い合いなど恥ずかしいことを思い出し、一先ず休戦となった。


 息を切らしながら、凜は口を開く。


「とりあえずウチ上がってけ。話の続きだ」


「そうね。お邪魔しようかしら」


 子供の頃とは違い、時間が経てばそれなりに冷静になれる位には大人になった2人は、静かな口調で話し始めた。


「お前ゲームしながら1人で喋ってんの?」


「そんな訳ないでしょ。ゲームを配信してんのよ。Vtuberってわかる?」


「あー、最近人気なアレか」


 動画配信において急激に勢力を伸ばしているVtuber。生身の自分自身ではなく、アバターを駆使して配信を行うスタイルの彼らの存在は、右肩上がりだった。


「昨日もゲーム配信してたから喋ってたのよ」


「なるほど、そういう理由だったのか。まぁ今後は窓の閉め忘れには気をつけてくれ。壁殴って悪かったな」


 凜はあっさりと謝罪を口にした。


「私の方も悪かったわ。今後は気を付ける」


 香奈乃の方も非を認めたことで、落としどころとして和解が成立した。


「……なんかお腹すいたわね」


「……確かにな」


 何となくの気まずさを誤魔化すように話題を探る。時間は18時48分という事もあり、空腹を覚えるのも無理はない時間帯だった。


「今から買い物に行くのは面倒くさいから適当に何か作るか」


 凜は立ち上がりキッチンへと向かう。そして冷蔵庫を漁りながら、香奈乃に視線を向けずに聞く。


「適当で良ければ食べていくか?」


「食べる」


 即答した彼女に頬を緩ませながら、凜は夕飯の支度に入る。


 冷蔵庫の中を確認すると、先ほどの買物で購入した鶏肉が目に入った。


「親子丼でいいか」


 メニューが決まれば行動は早い。


 まずは玉ねぎを半分に切り、薄くスライス。次に鶏の胸肉の脂身を簡単に取り除き、一口より少し大きいくらいに切り分ける。


(親子丼はシンプルな具材だから簡単でいいわ)


 フライパンに油を引き火をつけ、温まったら鶏肉を皮目から入れて焼く。ジュージューという軽快な音を響かせながら肉が跳ねる。


 10分ほど肉を焼き、そこに玉ねぎを入れて炒める。


 玉ねぎがしんなりしてきたら、水、みりん、顆粒だし、醤油、砂糖を入れて煮込む。


 その間に器に卵を3つ割り、溶き卵を用意する。


「ご飯はパックか」


 炊き立ての米など無く、冷凍のものもないのでパックに頼るしかない。


 戸棚にしまってあるご飯パックを電子レンジの中に放り込み、タイマーをスタートさせた。


 鶏肉の方も良い感じに煮立っている事を確認して味をみる。


(甘辛いタレが美味い)


 ご飯に合わせる事も考えて、少し濃いめに味を付けていたのも上手くいっていた。


 火を弱火にしてから溶き卵を回し入れ、完全に卵に火が入らないように気を付けながらタイミングを計って火を止めてふたをする。


 電子レンジが鳴り、取り出したご飯をどんぶりに移す。


「流石にこのくらいの気遣いは必要だよな」


 自分一人であれば、パックのままのご飯と皿に移した親子丼で完成なのだが、人に出す以上は多少の見てくれ・・・・を気にした結果だった。


 そして丼のご飯の上にトロッとした親子丼を乗せて完成。こだわるのであれば三つ葉などを乗せても良いのだが、買っていないので諦めた。


 同じものをもう一個作り、親子丼が完成した。


「ほら親子丼だ。食べようぜ」


 テーブルに持っていくと、香奈乃は待ってましたと喜んだ。


「飲み物はお茶で良い? ってかコレしか無いから諦めてくれ」


 コップにペットボトルの緑茶を注ごうとした凜に、香奈乃は待ったをかけた。


「アンタってお酒飲める?」


「? 飲めるけど、どうした」


 香奈乃は、ちょっと待ってて。と言い残して走って部屋を出ていく。そして隣の自分の部屋に戻ったが、すぐに帰ってきた。


「コレよコレ」


 彼女が両手に抱えていたのはビール缶4本だった。


「今日の晩酌用に冷やしておいたの。はい、アンタの分」


 凜の目の前に缶を2本置き、香奈乃は自分のコップにビールを注いだ。


 それにならうように凜も自分のコップにびーを注ぐと、2人の夕食が始まった。


「「いただきます」」


 まずは揃ってビールを一飲み。


「はぁ。仕事の後のビールは最高よね」


 香奈乃が息を吐きながらしみじみと呟く。


「わかる。何で仕事の後の酒って美味いんだろうな」


 そんな事を言いながら、親子丼に手を伸ばす。


 鶏肉を口へと運ぶと、最初に焼いたことで皮は香ばしく、そしてダシのきいたつゆで煮込まれているので、甘じょっぱくもある。


 噛むほどに肉の脂とダシの味と風味が混ざりあい、半熟の卵とご飯を一緒に頬張れば、食欲に火が付く。


「お肉も柔らかいし、卵もトロトロで美味しい」


「タレの濃さも丁度だな。我ながら美味くできた」


 肉を食べ、ご飯をかき込み、ビールで流す。コレを繰り返す彼女たちに会話は無く、ひたすらに親子丼に向き合っていた。


 暑くなった口内を冷ますように2缶目のビールを煽り、凜は一息をいた。


「はぁーッ。美味かった。ごちそうさまでした」


 手を合わせて夕食を終える。


 香奈乃の方ももうすぐ食べ終わるようで、彼女も同じようにビールで締めて手を合わせる。


「ごちそうさまでした」


「はい、お粗末さん」


 食器を片づけている凜に、香奈乃は気になっていたことを尋ねる。


「アンタさ、なんでこっちに戻ってきたの? 高校卒業と同時に東京に行ったわよね?」


 この話は凜と同級生ならば有名な話だった。


 彼女は高校に在籍している時に小説家としてデビューした。本人から自慢話をされた覚えはないが、メディアが女子高生作家に食い付いた事もあって一躍有名人になった。


 しかし、凜自身が周りと壁を作っていたこともあり、誰も必要以上に彼女に絡むことも無かった。その後は話題に上ることも減り、卒業後は小説家として東京で生活するらしいと母親伝手に聞いていた。


 その質問に対し、凜は少し考えてから話す。


「東京は東京で良かったんだけど、なんか合わなかったんだよ。人なのか空気なのかは知らないけどな」


「ふーん。当時は、卒業後に東京に移住したいって言い出す同級生が20人は居たの知ってる? アンタに影響を受け過ぎだって先生愚痴ってたわよ」


「私に関係ないじゃん」


「そりゃそうか。……それで、今はどんな本書いてるの?」


「こんなの」


 洗い物を終えた凜は手を拭きながら、リビングに戻ってきて本棚から取り出した本を手渡す。


「なんか禍々しいわね」


 表紙には、彼女のペンネームである鬼灯ほおずきりんという文字と恐怖を煽るような血の手形と微笑んでいるフランス人形。タイトルも『救い無き』と、どう考えてもホラー要素万歳だった。


 香奈乃はその表紙を見て一言。


「アンタのデビュー作って恋愛じゃなかった? 作風変えたの?」


 その言葉に凜は絶句した。


「お前、なんで知ってんだ」


 クラスメイトなどは、作家デビューは知っていても実際に本を手に取ったものは少ない。それ故に、デビュー作が恋愛小説だと知っているものは意外に少なかったはずだ。


「だって読んだもの。面白かったわよ。純愛で」


 香奈乃の言葉に凜は絶句した。自分の本を読んでいるという事の感謝や嬉しさよりも、方向性もまだ定まっていないデビュー作を読まれていたという気恥ずかしさが勝っていた。


「そ、そうか」


 なんとも言い難く、適当な返事しかできなかった。その様子に香奈乃も何かを察したらしく、話題を変えた。


「それにしても、アンタって料理できんのね。親子丼なんて久しぶりに食べたわ」


「普通の親子丼だぞ? 切って煮るだけの」


「それが普通にできない人間も居んのよ」


 香奈乃は料理が壊滅的に苦手だった。学生時代の調理実習では、がす間違えるは当たり前の事で、友人たちからは直接的ではないが戦力外通告せんりょくがいつうこくを受けていた。


「どうやって生きてきたんだ」


 凜は疑問を浮かべる。


「スーパーで働いてるんだから、食料は簡単なのよ。お惣菜とか簡単に買えるし、ご飯だって炊いてあるのを販売してるし」


「割高だけど自分で作るより完成度は高いか」


 妙に説得力があるなと感じながら凜は頷いた。


 そんな会話をしながら、香奈乃提供の追加の酒を飲み、凜の買ったチーズをつまむ。


「中学でも高校でも話したこと無かったのに、卒業後にこんだけ話すことになるとはな」


 ワインを飲みながら凜は言う。


「まぁ、そんな事もあるでしょ。私だって中学の時の友達とは、そんなに連絡とってる訳じゃないからね」


 香奈乃も焼酎の水割りを飲む。


「私の場合こっちにも大して友達もいないし、東京でも1人が多かったから久しぶりに長時間話せて楽しかったよ」


「……日頃はどうやって過ごしてたのよ?」


「1日の大半は小説書いて、日によっては編集部行っての繰り返し。外に出るような趣味は持ってないから家でゲームするくらい」


 在宅ワークなら仕方ないのかとも思いながら、香奈乃は酒の入った頭で思い付きを口にした。


「私で良けりゃ話し相手になってあげるわよ。どうせ隣だし」


「そっか。なら私は飯作ってやるよ。一人分も二人分も変わらないし」


 凜も酔っていたこともあり、2人の間で思いがけない約束が取り交わされた事にも違和感を覚えていなかった。


「そうと決まれば飲むしかないわね」


「お前は明日も仕事じゃないのかよ」


 こうして、小説家とVtuberの夜は更けていった。

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