目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第2話:お前かよ

「……やっと終わった」


 凜は明るくなり始めた空を眺めながら呟いた。


 昨日からひたすらに小説を書き続け、結局一睡もすることなく朝を迎えた。そのおかげか最後まで書き上げる事ができ、無事に締め切り前に仕事は完了した。


 完成した原稿を担当編集のPCに送信し、凜はベッドに倒れ込んだ。


 一仕事終えたことで精神が高ぶっているからか眠ることは出来ないものの、そのうち眠くなるだろうと横になって過ごす。


 ぼうっと天井を眺めながら、昨日の事を思い出す。


「1人でゲームやっててあんなに騒ぐ事あんのかな」


 凜自身もゲームはする方だ。ジャンルはホラーが多いので、叫びたくなる気持ちも分からなくはないのだが、あそこまで喋り続ける事は考えない。


「でも、そんな人もいるか」


 考えても答が出ない事は考えない。喋るからこそ防音のマンションを選んだ可能性だってある。今後気を付けてくれるならば思うことは無い。


 そんな事を考えているうちに凜の意識は段々と薄れ、次の瞬間には完全に夢の世界に飛び立っていた。


 そのままどのくらいの時間が経ったのか、次に目が覚めたのは空腹からだった。


「……冷蔵庫になにかあったかな」


 眠いんだか空腹なんだか分からないまま、凜はベッドから起き上がり時間を見る。


 時刻は13時を少し過ぎたくらいだったので、昼食と考えても差支えない。適当に昼食を済ませたい彼女であったが、そうはならなかった。


「何も無いじゃん」


 そのまま食べられるチーズや竹輪ちくわも無く、食パンすら残っていなかった。


 卵や肉類はあるが、どれも調理の行程を踏まねばならないので、今の手軽に食事を済ませてしまおうという気分からは程遠い。 


 様々な事を考えて凜が出した結論は、


「スーパー行ってくるか。あそこの総菜って割と美味しかったよな」


 地元のスーパーという事もあり、総菜のレベルも知っている。場所によっては油臭かったり、味付けも極端に濃かったりするのだが、今から行くスーパーは総菜に力を入れているらしく、レベルが高かった。


 外に出ても恥ずかしくない程度の服に着替えて外に出る。


 夜は涼しくなってきていても日中はまだまだ太陽が優勢であることには変わりはなく、日頃から外に出ない小説家という職業にはこの日差しは身体に堪えた。


 家から15分の位置にあるスーパー【徳得屋とくえや】。汗が滲んでいる凜が店内に入ると、冷房が効いた風が彼女の身体を心地よく冷やした。


 その気持ちよさに溜息を吐きながらカゴを手に持つ。


 野菜、肉、魚と見て回りながら特売の肉をカゴの中に放り込む。


(それにしても昨日の隣はうるさかったな。もし酷くなるようなら大家にクレーム入れて対処してもらうしかないか)


 憂鬱な気分になりながら、プリンをカゴの中に追加する。


 そして、今回の目的である惣菜コーナーに足を踏み込んだ。


 揚げ物の匂いが食欲を刺激する。


 唐揚げ、とんかつ、焼き鳥、焼きサバ。様々な料理が並んでいるのを眺め、磯辺揚げとポテトサラダのパックを手に取った。


 その後も缶詰めなどの保存食をメインに買物を済ませ、レジへと向かった。


「いらっしゃいませ」


 女性の店員が特に愛想もなくレジ打ちをする。


 その作業を眺めていた凜だったが、あることに気付いた。


(あれ、もしかして。京極か?)


 何となくの面影が学生時代のクラスメイトに似ている気がした。


 中学3年間おなじクラス。そして偶然にも進学した高校も同じだった京極香奈乃。ただ、決して仲が良かったわけでもなく、話したのも数えるくらいな上に高校に入ってからは全く交流は無かった。


(話しかける事もないか)


 凜はそう結論を出し、無言で会計を済ませようとした。


「お会計が2590円になります」


 そう言って凜の方を見た女性は、何かに気付いたように目を見開いた。


「…………」


 詰まったように息を止め、何かを言いたそうにしていたが結局なにも言うことなく終わった。


(間違いなさそうだったな。卒業してから何年も経つけど、案外覚えてるもんだな)


 凜は買ったものを袋に詰め終えると、再び太陽の日差しの元に戻った。

 家路へと歩きながら、中学生だったことを思い出す。


 当時、黒井凜はしゃかまえる性格だった。物事を冷めた目で見つめ、マンガやアニメやインターネットの影響をモロに受けた孤独な時代。


 いわゆる中二病であり、今思い出すだけでも顔が赤くなるのを自覚している。


 そして方向性は違えど孤独な奴はもう1人いた。常に大人しく本を読み、微かに人の視線を気にして行動しているクラスメイト。


 互いに孤独ではあれど交わることなく1年、2年、3年と同じクラスを過ごしたが、会話は数えるほどしかなかった。


 2人とも相手を認識していても関わるほど興味もなく卒業を迎え、それ故に同じ高校に行くことにも気付かず、入学式を迎えたときに驚きの事態になった。


 中学の時は暗く大人しい文学少女だった京極香奈乃が、高校の入学式では髪を茶色に染め、明るく元気なギャル風に変化していた。


 最初見たときは全くわからなかったが、後々にあれが高校デビューなのかと気付いた。


 そうなってしまえば本格的に接点など消え失せ、同じクラスになることも無かったので、彼女の存在も忘れていたのだった。


「本当に関わりないな」


 存在は知っていたが見事に接点がない。同族でもなく対極でもない事ゆえの出来事なのだろうが、なんとも言えない感情になった。


 凜は空を眺めながら呟く。


「まぁ、今後も話す機会はないだろ」


 暑さに負けながらマンションの扉を開け、買ってきたものを冷蔵庫に移していく。そしてそれを終えると、自分の昼食の準備に移る。


「準備って言っても冷凍のご飯を温めるだけなんだよね」


 まとめて炊いておいたご飯を、小分けにして冷凍しておいたものをレンジに入れて温める。その間に総菜を並べ箸を用意して完了。


 電子音が温め終了を告げ、アツアツになったご飯を取り出して彼女の昼食が始まった。


「いただきます」


 まだほのかに温かい磯辺揚げに醤油をかける。青のりの香りを感じながら口はと運ぶと、素朴ながらにしっかりとした味が広がる。


 ちくわに青のりというシンプルな材料に醤油をかけただけの料理なのだが、美味しいおかずとしてご飯が進んだ。


 次はポテトサラダに箸を伸ばす。


 ペースト状になったジャガイモとマヨネーズ、コーンの甘味、スライス玉ねぎ、それらが混ざりあった食感と味が一体となっていた。


 自分で作るとなると、意外と面倒くさい料理の代表なのだが、数百円で食べられるのだから総菜というのは有り難いなと実感した。


「質素といえば質素だけど、昼食ならこのくらいが良いな」


 満足感を覚えている凜は、問題なく昼食を続けた。


「ごちそうさまでした」


 全ての料理を食べ終えて一息をついていると、PCがメールの着信を告げた。


 凜はそのメールを確認すると差出人は担当編集であり、先ほど送られた小説を確認し、問題ないので入稿にゅうこうするという知らせだった。


「終わったぁ」


 小説が入稿してしまえば、もう凜の仕事はない。それは締め切りからの真の解放を意味し、本当の仕事終了の合図だった。


 解放感を味わいながら、凜は今日の夕飯を考える。


「仕事が終わったんだし、今日くらいは贅沢するか」


 締め切りに追われているときは、食事などガソリン補給に等しい生活をしているが、そうでなければ丁寧な暮らしをしたいと考えていた。


 なので、今日は少し手の込んだ料理でも作ろうかと思案を始めた。


 だがその時、自分の過ちに気付いた。


「さっきスーパーで酒買ってくれば良かったッ」


 1人打ち上げと言っても酒もなしでは盛り上がらない。だが、またあの暑い屋外に出るのはもっと面倒くさいと葛藤が生まれたが、結局スーパーに向かうことにした。


 しかし、頭を過ったのはレジにいた京極。彼女にもう一度合う可能性を危惧きぐした結果、時間を置いた夕方に向かうことにした。


「流石に1日中レジをやってる訳でもないだろうし、素早く酒だけ取ってレジを見極めれば問題ない」


 そう自分に言い聞かせて、午後18時に家を出た。


 玄関を出て1歩。左側に人の気配を感じた。


 昨日うるさかった側の住人と鉢合わせる事に、多少の気まずさを感じはしたものの、玄関のドアを開けてしまった以上は戻れない。


 そして2人は互いを認識し、声をそろえて言った。


「「隣の部屋お前かよッ」」


 気まずさも何もあったもんじゃない。凜の隣の部屋の住人は香奈乃だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?