「しかし、もう行ってしまわれるのですか」
本島へ折り返す小型客船に乗り込む八十神たちを、見送りにきた村長が残念そうに言った。
「旅立ちも伝承通りですが......もう少しゆっくりされては」
「善は急げじゃ!こんなド田舎の島にいても心身ともにナマるだけじゃしな!」
「おいイナバ!そんな言いかたないだろ!」
すかさず八十神はイナバの失礼な物言いを
村長は穏やかに微笑んでいた。
「イナバ様。ヤソガミ殿。貴方がたは我々を守ってくれた英雄です。このご恩、決して忘れませぬ」
引き連れてきた島民たちとともに、村長は深々と頭を下げた。
「そそそんな!頭を上げてください!俺は大して役に立っていませんよ!?実際に守ったのはジェットさんだし!」
八十神はあわあわと恐縮しまくってジェットに助けを求めた。
ジェットは戸惑う八十神を面白がるようにクスクスと笑うだけだった。
そんなジェットに村長が改めて謝意を示した。
「ジェット様!本当にありがとうございました!」
「いいっていいって。アタシは自分の仕事をしただけだ。あとは後任の
ジェットは新たに島へ赴任した国家魔術師へ目配せした。
「あとはお任せください!」
後任の国家魔術師がシャキッと返事した。
まもなく船が出航する......。
島が遠ざかっていく。
気がつけば辺りの景色は空と海だけ。
島同様、綺麗な景色だった。
デッキからこうやって空と海を眺めていると、八十神は自分のいる世界がどこなのかわからなくなった。
空の青さも海の青さも、自分がいた日本とさして変わらない。
「なにを考えておるんじゃ?」
八十神の頭に乗ったイナバがふいに訊いてくる。
「今さら不安か?」
「いや、べつになんでもないよ」
「しかし小型の客船で質素じゃが思ったよりもしっかりしておるな。本島の港へも一時間ぐらいで着くらしい。まあまあの船じゃ」
「まあまあって......なんでいちいち上から目線なんだよ」
「ふんっ。オイラは神使の白兎じゃからな。上からなのは当然じゃ」
相変わらず偉そうなイナバ。
だが、この白兎がそばにいると、不思議と八十神は落ち着く気がした。
まだ知り合って間もないのになぜだろうか。
彼が
いや、そもそもイナバは因幡の白兎なのだろうか。
実際、古事記のそれとは大分異なる。
八十神はあれこれと考えたが、結局よくわからなかった。
そんな中。
ふと八十神は、潮の匂いに混じった美女の香りに気づく。
「ジェットさん?」
香りの正体はジェットだった。
「ヤソガミくん。学園都市に行ったことはあるか?」
「学園都市...ですか?い、行ったことないですけど」
「学園都市は、ご存知のとおりオリエンスで一番発展している地域だ」
「はい」
「魔術師の集まるところに文明あり。文明あるところに魔術師あり。なんて言葉が現代の常識としてあるぐらいだからな〜」
「は、はい」
「ということで、ヤソガミくん」
「はい?」
はいとしか返事ができない相手に向かってジェットは快活にニカッと笑うと、八十神の背中をバンと叩いた。
「リュケイオンで、思いっきり楽しんでこい!」