「......ということじゃ。あとは実際に暮らしながら学び、知っていけばよい」
「いやいやいやいや!全然わからないんですけどー!!」
「ふんっ。まだ来たばかりじゃからな。無理もないわな」
しゃべる兎の説明によれば......ここは〔オリエンス〕という国らしい。
そしてなぜか救世主とやらに選ばれてしまった八十神がここに連れてこられた...とのこと。
これだけでも、一高校生に過ぎない八十神の理解を遥かに超えていた。
しかし、何よりも問題は、ここが「別次元の世界」だということだった。
つまり、飛行機や船で帰れる場所じゃないということ。
すなわち、帰れないということ!
「うぅぅぅ......」
「なんじゃ。何を落ち込んでおる」
「そりゃ落ちこむだろ!だって日本に帰れないんだろ!?」
「別に帰れないとは言っておらんぞ」
「えっ??」
「オイラが説明したお主の役割を果たせば、その時はお主の望みも叶うじゃろう。過去の救世主もそうだったという伝承を先代から聞いておる」
「そうなの!?ええと役割って......仲間を見つけて国を救うとかいうゲームみたいな話だよな?」
「ゲームじゃないぞ。これは現実じゃぞ。魔法も実在する」
「魔法って......ダメだ。考えれば考えるほどわけがわからない」
「わからないだけで、信じないわけでもないんじゃな?」
「それは、だって......すでに信じられないことがたくさん起こっているし。『転移』と『喋る兎』だけでも充分ファンタジーだよ」
「イナバじゃ」
「は?」
「オイラはただの喋る兎ではない。
「神使の白兎?名前がイナバ?え?ま、まさか......
「お主の家、すなわち神社で
「
※(注)
古事記に
「でも、古事記に出てくる『八十神』は、因幡の白兎にヒドイことするんだよな。たしか、皮が
「小僧。神使の白兎を虐待するつもりか?
「そんなことしないよ!そもそも八十神家の
「まあよい。神話は神話じゃ。何かしら関係があるのやも知れんが」
「やもしれんて......イナバも全部わかっているわけではないの?」
「オイラにもわかっておることは少ない。オイラはあくまで選ばれたお主を導くだけじゃ」
「で、でもさ。なんで俺なの?それこそ大国主神を祀ってる神社は他にもあるぞ?ハッキリ言ってうちの神社はマイナーだし...」
「それは知らんと言ったじゃろ」
「だけど!」
「他のメジャーどころは本業で忙しいんじゃろ。それで暇そうなお主のところへオファーがおりてきたのかもしれんな」
「なにその何だか失礼な選ばれかた......」
「とにかく!まずはこの状況をなんとかするぞ!」
「そ、そうだよ!なにか方法は...」
「待て!誰か来る!」
コツコツと誰かがこちらへ歩いてくる足音が聞こえる。
まさか、.執行官的な人間だろうか。
ついに処刑されるのか。
八十神は心の中で叫ぶ。
イヤだ!死にたくない!
「落ち着け!小僧!」
ガタガタと震える八十神にイナバが強く
「そ、そんなこと言われても!」
落ち着けるわけがなかった。
「わかったわかった!いいか?お主はオイラの言うとおりにすればよい!」
「い、言うとおりって?どうすればいいの?」
「いいか?よく聞くんじゃぞ?かくかくしかじか............」
「............えっ??そ、それで本当にうまくいくの!?てゆーかうまくやれる自信もない!」
「大丈夫じゃ!オイラもついとる!安心せい!」
「いや、ウサギに言われても......」
「兎を馬鹿にしとるのか!?一年中発情するのは人間と兎だけなんじゃぞ!?」
「それ関係ある!?むしろ不安マシマシなんですけど!?」
「ええい!シャキッとせい!」
イナバが八十神に向かってぴょーんとジャンプする。
「ぐべぇっ!」
八十神は顔面にウサギドロップキックを喰らった。
「もう来るぞ!いいからオイラの言ったとおりにやるんじゃ!」
「わ、わかったよ!いたたた......」
なんなんだこのバイオレンスラビットは!
そう思いつつも八十神は、今ので少し落ち着きを取り戻した。
とにかく、生き残るためにはやるしかない。
八十神は覚悟を決める。
神様......
なんならいっそのこと
俺に勇気と力をください!
「よし。少しは落ち着いたようじゃな。......ん?お主......」
「......えっ?なに?」
「こんなに早く?いやまさか」
「な、なんだよ?なんのこと?」
「それよりも来たぞ」
「!」
イナバはサッと八十神の後ろに身を潜めた。
格子のそばへ男の顔が現れる。
「おい不審者。目が覚めたようだな」
この男は八十神を撃った猟師じゃない。
警察官なのか。
服装は軽武装の村人という感じだ。
「これからオマエに尋問をする。痛い目を見たくなかったら正直に答えるんだな」
「は、はい(イナバの言ったとおりの展開だ)」
ぞろぞろと数人に囲まれながら、八十神は別の個室へ移動させられる。
その際、イナバの言われたとおりに無駄な抵抗は
「もう一度言う。痛い目に
「わ、わかりました」
部屋の中央に置かれた椅子にひとり八十神は座らされ、複数の大人の男たちに取り囲まれた。
なにこれ。メチャクチャ怖い。
でもなんとか乗り切らなければ。
八十神は恐怖に必死に抗った。
「まず、名前を聞こう。オマエの名は?」
「
「それは本当の名なのか?」
「そ、その、僕は東方の異国出身で、故郷で信仰している多神教の宗教施設のひとつがヤソガミ院といって、僕の実家なんです」
「なるほど。筋は通っているが......ではなぜこの島にやってきたんだ?」
「実は...〔神隠し〕に遭ったんです」
「カミカクシ?」
「ええと、いわゆる突然転移?かと。僕の故郷では神隠しと呼ばれています」
「〔突然転移〕の事例は各地で確認されている。〔カミカクシ〕という言葉もどこかで聞いたことがある気はする。だが......その話にどこまで
「そ、それなんですけど!」
「なんだ?」
「こ、これを見てください!」
よし、ここだ。
八十神は、ハイ、と両手でジェスチャーした。
それに合わせて
「ジャーン!」
絶妙に登場する。
「ひかえいひかえい
見事に?
「こ、これは!?」
「しゃべるウサギ!」
「まさか......神使なのか!?」
「つまり、八十神天従......君は神使に通ずる者なのか!?」
途端に騒然とする連中を
八十神は内心イラッとしながらも、イナバの思惑どおりに事が進んでいることへの驚きと信頼がそれを遥かに上回った。