ネフェルとスレキアイを見送ったユキメは肩の力を抜いて、大きく息を吐き出した。
「は~、疲れた……。もう驚かされる事ばかりね。さすがスレキアイ
スレキアイの姿が見えなくなると、ユキメの態度は一変し、スレキアイのことはまたもや「我がままでめんどくさがり屋の困った錬金術部の部長」に戻っていた。
「さて、それじゃあ私はお部屋でお菓子でも食べて、のんびりゴロゴロして過ごしましょうかね」
その言葉には「夜会に誘われなかった寂しい女ですから」という自虐的な皮肉が込められていた。
そして部屋に戻ろうとクルリと後ろを振り向いたユキメは、自分の真後ろにカーコスが立っていたので飛び上がってしまう程、驚いた。
「カ、カーコス君っ!? 何っ!? どうしたのっ!? どうしてここにっ!?」
そう言ったユキメはその瞬間、カーコスの手に黄色く、小さな野花の花束が握られているのが目に入った。
それを見たユキメはその瞬間、体中の血液が逆流したかのように鳥肌が全身を駆け巡った。
「うそ……。うそでしょ、カーコス君……まさか……」
ユキメは信じられないといった様子だったが、その瞬間はすぐに訪れた。
「そうだ、ユキメ。そのまさかだ。お前を夜会に誘いに来た」
そう言うとカーコスは膝を折り、ユキメの前にかしこまった。
その所作はとても滑らかで、かつ優雅だった。
ユキメは、まるで偉大な天使が自分の目の前にフワリと降り立ったかのように、その光景に目を奪われた。
この状況はユキメが長年、待ち焦がれた光景だった。
ユキメは自分の心臓が飛び出してしまうかと思う程、高鳴るのを覚えた。
「
その言葉は、ユキメの領地に伝わる伝統的な言い回しで、男性が女性を夜会に誘う、最上級の
そしてカーコスは花束をユキメに差し出した。
(つ、ついにカーコス君が私を夜会に誘ってくれた……!)
喜びに震えたユキメは、身体が勝手に動くように、震えながら花束に手を伸ばした。
「カーコス君、この花……。私たちの領地でよく見かける花で、私が好きだっていった花だよね? すごいわ。この花が王都の近くにもあったなんて。カーコス君、よくみつけてくれたわね」
ユキメは感動に打ち震えた。
「私がこの花を好きだって言ったこと、覚えていてくれたのね。ありがとう、カーコス君。とても嬉しいわ。でもね───……
ユキメが手をとってくれることをじっと待っていたカーコスだったが、ユキメの言葉に目元がピクリと反応した。
「どうしてそんな嘘をついたのかというと、それはね。私が好きな花を言うと、カーコス君はどんな危険を犯してでも摘んできてくれたでしょ? だから危ない所にある花を好きだと言ってカーコス君に無理をさせたくなかったの。だから私たちの領地ならどこにでも咲いているこのお花が好きだといったの。ありきたりなお花で、私は嫌いじゃないけど、特段に好きだと思っていた花じゃなかったわ」
ユキメがそういう間も、カーコスは手を差し出した姿勢で身動きせず、じっと待った。
「でも、今───今この瞬間───私はこの花が大好きになったわ。どんな花よりもこの花が一番好き。この花は私の中で世界で一番綺麗な花よ。ありがとう、カーコス君。この素敵な花束をいただくわ。そして私を夜会に連れて行って」
大切なものを慈しむように、ユキメはカーコスの差し出す花束を両手で包み込んだ。
カーコスが腕を差し出すと、ユキメはしっかりとその腕に掴まった。
「嬉しい。私、こうしてカーコス君に夜会にエスコートしてもらうことを、ずっとずっと本当に心待ちにしてたんだからね」
そう言葉でカーコスを責めるユキメだったが、表情は穏やかで幸福感に満ちていた。
「遅くなってすまなかったな」
カーコスの謝罪はそっけないものだった。
かつてユキメはカーコスが自分を夜会に誘わないことに腹を立て「もうこの先、カーコス君が夜会のお誘いに来ても絶対に了承しないんだから! これ以上ないくらい冷たくあしらってやるから覚悟しなさい!」と地団太を踏んだことがあった。
土下座したって絶対に許さない!と何度も心に誓っていたが、しかし、今、そっけなくてもカーコスにそう詫びられると、ユキメは怒りとわだかまりがすべて雲散霧消した。
そして幸福感に包まれ、二度と手放したくない大切な宝物のようにカーコスの腕を抱きしめた。
そして二人も夜会の会場へと歩んでいった。