(ルーシファス様っ、困りますっ! こんなことをされてはネフェルちゃんの立場が危うくなりますっ! ひどい妬みを受けて取り返しのつかない事になるかもしれませんよっ!)
(大丈夫ですよ、ユキメ先輩。アスタロッド家が懇意にする令嬢に手出しできる者など、魔界学園はもちろん、魔界中を探したって何人もいませんよ)
(そ、それはそうですけど……)
(それにネフェルさんは今晩、スレキアイ兄上のパートナーとして夜会に出席されます。その時に「アレは誰だ!?」と大混乱になる前に、ここでネフェルさんに箔をつけておいた方が騒ぎが少なくて良いと思ったんです)
理由はもっともらしかったがユキメは単に本心からルーシファスがネフェルに二冠の栄誉を捧げ、誠意をあらわしたいだけなのではないかと訝しんだ。
試合終了後、ルーシファスはユキメとネフェルと一緒に座り、次の「剣術部門」の決勝戦の観戦をすることにした。
その為、注目を集めた三人はまわりの観客から2~3席ほど距離を空けられ、満席の観客席で三人だけが孤島のようにポツンと浮き彫りになっていた。
ネフェルは自分たち───とくに自分が注目されていることを強く感じ、居心地が悪かった。
「堂々としてください、ネフェルさん。何せ貴女はこの僕から二冠の栄誉を捧げられた女神なのですから」
ルーシファスはネフェルに優しく微笑みかけた。
「ルーシファス様、それはかえってプレッシャーです。だってそれではネフェルちゃんが二冠の快挙を成した当事者になってしまうではありませんか」
ルーシファスは、おっとそうだったと爽やかに笑った。
ネフェルは何かとんでもないことになっていることは理解していたが、それがどれ程のものかはまだ実感ができていなかった。
「さあ、そろそろ剣術部門の決勝戦が始まりますね。決勝戦は我が兄グランダムと、そして───」
そう云われてネフェルはハッとした。
闘技場の決闘場を見渡すと、グランダムより先に、すでに自分の兄カーコスが姿をあらわしていた。
決勝戦でのグランダムの相手は兄のカーコスだったのだ。
決勝戦の出場者が登場しているのに、歓声や声援はまばらだった。
ネフェルは兄カーコスが周囲から慕われず、孤立しているように思えて寂しくなった。
せめて自分だけは兄への愛を示したく、あらん限りの声をふり絞って兄を応援したいと思ったが、先日、カーコスより学園内で自分を兄と呼ぶなと釘を差されていたのと、今この場で盛大に兄を応援すると、自分に向けられた好奇の目が、兄にも向かってしまうのではないかという危惧もあって、声を出せず、両手でスカートの裾を握ってじっとしているしかできなかった。
次の瞬間、闘技場が割れんばかりの大歓声に包まれた。
決勝戦のもう一人の出場者・グランダムが登場したのだ。
重厚な鎧で全身を覆い、幅広のぶ厚い大剣を背負ったグランダムは、その姿を見ただけで怖気づき、逃げ出したくなるほどの威圧感だった。
「この対戦カードは二年連続ですね。去年も我が兄グランダムとカーコス殿との対戦で、我が兄グランダムが優勝をしています。カーコス殿は雪辱に燃えているはずですので、今年はどうなるかわかりませんね」
ルーシファスはこれから始まる決勝戦がどんな戦いになるのか楽しみで仕方がないといった様子だった。
しかしネフェルは気が気でなかった。
体格的には明らかにグランダムが優位で、兄カーコスが一撃で吹き飛ばされてしまうのではないかと危ぶんだのだ。
どうか無事に試合が終わって欲しいっ……!
ただただネフェルはそれだけを強く願った。