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第57話


「そんな事が………」

私はそう一言、口に出すのが精一杯だった。


絶対に口を割らない陛下では話にならなかった為、私は宰相とサンダース公爵に場所を移して話を聞くことにした。

暴れている陛下はロータス様に任せて来てしまった……ごめんなさい。



「はい。……我が国は今、失業者が多くなっております。これは、陛下がこれ以上戦による国の拡大を一時取り止めた事に起因します。……ここまでは大丈夫ですね?」


「ええ。陛下にお聞きしてるわ。だから、カルガナルで働け……と?」


「我が国と貿易国となり、人材……労働力を輸出しないか……と言う事です。所謂、出稼ぎですね。

カルガナル王国は今、戦闘用の船舶を開発し、造っている最中で、とにかく技術者や労働力が必要なのだそうで。戦で食っていた者の中には体力が有り余っている者や武器を製造していた者が多くおります。勿論希望する者に限られますが……」

と言う宰相の横から、


「条件を聞いたのですが、かなり良い条件で。これなら希望者も多くなる事が予想されます。国民にとっても、我が国にとっても、カルガナルと貿易出来る上に、同盟を組む事も可能です。お互いに利益が大きい事は間違いない」

と公爵が言い添えた。しかし……その条件の中に……


「それは分かったけれど、何故、私がカルガナルに行く事がその条件に入っているのでしょう?」

と私が首を傾げると、宰相と公爵は顔を見合わせて黙り込む。


私が二人の答えを待っていると、


「サーレム殿下は、その……王妃陛下を妻として迎えたい……と」

と宰相が重い口を開いた。


「つ……ま?」

私は『つま』という言葉の意味が理解できずにいた。人質……と言う意味ではないわよね?


戸惑う私を他所に、宰相は続けて話す。


「確かに、王太子殿下には婚約者も正妃も居ない……とは聞いておりました。

詳しい事は、今カルガナルへ調査隊を派遣していますので、その報告を待たなければなりませんが、公開されている情報にはありませんでした」

という言葉を聞いて、さっきの『つま』という言葉は私の知っている『妻』なのだと、やっと理解した。

理解は出来たけど……私って陛下の妻じゃなかったかしら?あれ?違った?


私が目をぱちくりさせていると、


「妃陛下?大丈夫ですか?驚かれたのは尤もです。私達だって驚きました。

いや、驚いたというより冗談かと思ったのですが、サーレム殿下は本気な様で……それで陛下が……あの様な状態に」

と宰相は顔を伏せた。


……なるほど。いやいや、なるほどじゃないわ!!


しかし、二人の顔には『お願いです!了承して下さい!何なら陛下も説得して下さい!』と書いてある。

それほどまでに、我が国の失業者問題は深刻なのだろう。


その時



「そこまでだ!!」

と、私達三人がいる部屋のドアを大きく開けて入ってきたのは、陛下だ。


その肩越しに申し訳なさそうに手を合わせて謝るジェスチャーをしているロータス様が見える。


「へ、陛下!!」

その剣幕に、宰相と公爵は立ち上がる。


ツカツカと部屋へと入って来た陛下は私の手首を掴み、


「さぁ、クレア戻ろう。こいつらの話した事は気にしなくて良い」

と私の腕を引こうとするのを、私は


「陛下。陛下はこのご提案をどう思われますか?」

と彼を見上げて尋ねる。


「どう思うも何も話にならん!もう断った話だ」

と言う陛下に、


「しかし……もう一度妃陛下のお気持ちを聞いてから答えが欲しいと……サーレム殿下が……」

と控え目に宰相が口を挟んだ。


陛下とは目を合わせない様にしているのは、間違いなく陛下が怖いからだろう。冷酷無比だと噂されている人物に意見をするのは、勇気が必要だ。


そう言う宰相をキッと陛下は睨むと宰相は首を亀の様にすくめた。


「クレアの気持ちを聞く必要はない!答えは出ている!!」

そう陛下は言い捨てたのだが、私はその答えにモヤッとする。

私の気持ちって……捨て置かれて当然のものなのかしら?


「陛下、私にも意見を言う権利があります」

つい私が口を開けば、


「は?何か?お前はあの男と結婚したいと、そう言うのか?俺と離縁してあの男を選ぶと?」

と陛下は凄い剣幕で、私の両腕を掴んで問い詰めた。


「いえ、そうではありませんが……」


「そうじゃないなら何だ?!この提案を受け入れると言う事は、そういう事だ!!それ以上でもそれ以下でもない!」


叫ぶ様に言う陛下に私は冷静になる。そうか……そう言う事になる……のか。


「すみません……」

私は今にも泣き出しそうに見える陛下に、謝罪する事しか出来なかった。



陛下に掴まれた両腕が痛い。私が少し顔を歪めたのが伝わったのか、陛下はそっと手を離して、


「とにかく……話は終わったんだ。お前が悩むような事はない」

そう言うと陛下は部屋を出て行った。


傷つけてしまった……私は自分のやってしまった事を、たった今理解した。

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