「さて……クレア。お前に会わせたい人がいる」
馬車を見送った私に陛下はそう言った。
「会わせたい人ですか?どなたです?」
と言う私に、
「内緒だ」
と笑って歩き始めた陛下の後を、私は、
「へ?待って下さい!教えて下さっても良いじゃありませんか!」
と慌てて追いかけた。
王宮の中でも少しこじんまりとした応接室の前に到着した私達。
陛下は何かを企んでいる様な表情で私に扉を指し示す。
私が陛下に促されるまま、応接室の扉を開くと……
「クレア!!」
「女将さん?!」
私の恩人であるタリス村の宿屋の女将さんがそこに居たのだった。
「お前が会いたいんじゃないかと思って」
と陛下はサプライズが成功した事が嬉しいのか、ニコニコしている。
しかし、女将さんの隣に座っていた大きな男性が立つと、ムッとしたように、
「……呼んでいない者もいる様だが」
と急に不機嫌そうにそう言った。
「サム!!久しぶりね」
私はその男性に声を掛けると、
「クレア……無事で良かった」
と言ってサムは私の方に駆け寄ろうとする。
しかし、陛下はその間に立ち塞がると、
「馴れ馴れしく名を呼ぶな!この国の王妃だぞ?!」
とサムの視界から私を遮った。
サムは不服そうに、
「さっき女将さんも『クレア』って呼んだのに……」
と呟いた。
改めて椅子に腰掛けた二人は目の前の陛下に緊張しつつも、
「クレア……じゃなかった、王妃様。元気そうで安心しました」
と女将さんが言えば、
「あれからずっと心配してたんだ」
とサムも私に言う。だがしかし、
「お前は黙れ。勝手に喋るな。なんなら、クレアを視界に入れるな」
と陛下はサムにだけ冷たく言った。
「女将さん、クレアで良いですよ。それに口調も……今まで通りの方が安心します」
「そ、そうかい?じゃあ、昔と同じ様にさせて貰うよ」
「女将さんも……サムも……お元気そうで。ご主人はどうですか?」
「あぁ。私達は大丈夫。みーんな元気だよ。クレアこそ、小さな赤ん坊を連れての旅は大変だったろう?」
「大変でしたが、道中も親切な方に助けていただきましたから」
私はそう言いながら、マチルダさんの事を思い出していた。
「クレア……」
とサムが口を開くと陛下が彼を睨むので、サムはすっかり無口になってしまった。
女将さんの変わらぬ笑顔と温もりが嬉しくて、私は誰かにきちんと想われていたのだと、改めて気づいた。
血の繋がりはなくとも、他人を大切に思うことは出来る。
夫婦だってそうだ。家族だが、そこに血の繋がりはない。
私は考える。私が今、愛を伝えたい人は誰だろう……と。
「陛下……ありがとうございました」
女将さんとサムを見送った夜、私はいつもの様に寝室で陛下と寝台へと潜り込むと、陛下にお礼を言った。
「お前達を守ってくれた人だ。いつか王宮へ招待したいと思っていた。アイザックも嬉しそうだったな」
アイザックをダイアナに連れてきて貰った時のアイザックの顔を思い出す。
満面の笑みで女将さんに手を伸ばしたアイザックを、女将さんも『重くなったね!』と抱き締めてくれた。
「ええ。ザックもきっと会いたかったのだと思います」
「しかし……あの男。お前の事が好きだったんだな」
と不機嫌そうに言う陛下に、
「陛下に隠し事は出来ませんね。確かにザックの父親になりたいと言われた事がありましたが、断りましたし、もう過去の話です。しかし、何故かザックはサムに懐かなくて……」
と笑って答えた。
「アイザックはあいつの下心を感じ取っていたんだ」
「え?!まさか!あの時のザックはまだ生まれて然程経っていない時でしたよ?」
「赤子と思って侮るなよ?あいつは俺より敏感だ。これから……苦労する事もあるだろうが、俺が守るよ」
私は疑問に思っていた事を尋ねる事にした。
「陛下、ローランドの事はいつから勘づいていたのです?」
陛下に隠し事は出来ない。きっと……早くにその事に気づいていた筈だ。
「そうだな……。俺に弟が産まれたと聞いて……出産後のアナベルがローランドを連れて父に会いに来た時だ。父はローランドが産まれたと聞いても、顔を出さなかったらしい。あの女狐も流石にローランドを初めて父に会わせた時は緊張していた。それで違和感を覚えた」
「違和感……」
「あの女はいつも俺を見下した気配を纏っていたが、あの時だけは違った。父がローランドを見て『私に似てるな』と言ったのを聞いて、アナベルはホっとしたようで、いつもの高飛車な態度に戻ったがな。
だが……どうでも良かった。俺は別に国王になりたかった訳じゃない。王太子の座など、いつでもローランドに譲って良かったんだよ。だが、状況が変わった」
「アイザックが産まれたからですね」
私がそう言うと、陛下は頷いた。