ローランド様……いやローランドは一週間後ラッセルの元へと旅立つ事になった。
アナベル様の居ない離宮。そしてローランドはもう王族ではない事で、離宮に居る事が難しくなってしまったが、手放す事は出来ない。
そんなローランドを一週間預かりたいと言った私に、
「俺もそう思ってた。クレア、ありがとう」
と陛下は私に礼を言った。
「アイザック、ほらこっちだよ!」
ローランドが手を叩くと、アイザックは嬉しそうにハイハイしてローランドの方へとにじり寄る。
ここは王宮のアイザックの部屋。
離宮から、こちらに移ったローランドは一日中、アイザックの面倒を見てくれている。
ただ、夜になると少し寂しそうな顔をするローランドに私は声を掛けた。
「ローランド、外を見てるの?」
「……うん。お月さまが綺麗だから」
窓際に立って月を眺めるローランドの顔は月明かりに照らされて、少し顔が青白く見えた。
「本当ね、とっても綺麗」
私はローランドの肩をそっと抱いた。
すると、ローランドは私の腰に抱きつくようにして、顔を私のワンピースに埋めた。
そして、くぐもった声で
「僕……上手くやっていけるかな」
と、とても小さくて消え去りそうな声でそう言った。
しかし、その呟きも、この夜の静けさの中ではまるで、彼の声だけがこだましている様に響いて聞える。
「上手くやる必要はないのよ。貴方は貴方らしく」
と言う私の言葉に、ローランドは顔をガバっと上げ、私を見上げた。
「でも!僕はいつも上手くやれなくて……怒られてばかりで……」
ローランドの目には涙が浮かぶ。
「それは貴方が悪い訳ではないわ。アナベル様は……伝え方を間違えただけ」
「間違えた?」
「そう。本当は『頑張って。大丈夫』と伝えたかったのだと思うわ。でも彼女は感情を上手く伝えられなかったの。それはアナベル様のミス。貴方のせいじゃない」
「そうなの?じゃあ僕はもう叱られない?」
こんな小さな子どもが大人の顔色を窺って生きてきたなんて。
私は小さなローランドの頭を撫でて、
「ええ。大丈夫。でもね、聞いて。悪いことをしたら叱られるわ。それは貴方が優しく素敵な大人になる為に正しい行いを教えているだけ。それは理解できるわね?」
「うん。……僕、お兄様みたいになれるかな?」
「お兄様の事、好きなのね」
「うん。僕ね、お兄様大好き。あ、クレア様もアイザックも大好きだよ」
と言うローランドは少し笑顔になった。
「私もローランドが大好きよ」
と私が言えば、ローランドは照れた様に小さな声で、
「ねぇ……ギュッてして?」
と私に可愛くおねだりをした。
私はしゃがみこんで、彼を思いっきり抱きしめる。
この子がたくさんの愛を受け取れる様になりますように。そう願いながら。
ローランドがラッセルの元へと旅立つ予定の二日前
「ラッセルと奥方がローランドを迎えに来た」
と、陛下がアイザックと遊ぶローランドの元へとやって来た。
私とダイアナは顔を見合わせると、二人してローランドを見た。
ローランドは目を丸くして陛下を見ると、
「僕、もうお父様の所に行くの?」
と言った。
その表情は嬉しそうでもあり、寂しそうでもある。
「ローランドの気持ちの準備が出来ていないのならまだ待つと言っていたよ。どうする?」
という陛下の言葉に、ローランドは少し考えた後、
「僕、お父様に会ってみたいな」
と答えた。
「はじめまして!私の名前はスーザンよ」
ラッセルより先にそうやって挨拶したのは、彼の妻、スーザンだった。
彼女はローランドに目線を合わせる様にしゃがみ込む。その笑顔は心からの笑顔に見える。
「は、はじめまして。僕はローランドといいます」
少し照れながら挨拶するローランドを見て、
「ねぇ、見てラッセル!あなたにそっくりね!」
と彼女は嬉しそうに、後ろに佇むラッセルに明るくそう言った。
ラッセルはその勢いに押される様に、
「あ、あぁ。本当だ。……似てる」
と答えている。初めて見る我が子に少し戸惑っている様だ。
ローランドはスーザンの後ろに立つラッセルに、
「貴方が……僕のお父様?」
と尋ねる。
すると、ラッセルはスーザンと同じ様にしゃがみ込むと突然、ガバっとローランドを抱き締めた。
「お、お父様?」
と戸惑うローランドに、
「一緒に暮らすって……決心してくれてありがとう」
と言いながらラッセルは肩を震わせた。
その様子を隣で見ていたスーザンは夫の肩にそっと手を置いた。
ローランドは躊躇いながらもラッセルの背中に手を伸ばした。スーザンはそれを見てフッと微笑むと、抱き合うラッセルとローランドごと抱き締める。
「……大丈夫そうだな」
その様子を黙って見守っていた陛下はそう言った。
「ええ。……安心しました」
私もそう答えた。三人は一つの塊の様に抱き合っている。
もう私も陛下も、割り込む隙は無さそうだ。私はその様子に心から安堵した。
ダイアナがローランドの荷物を持ってやって来た。
王家の馬車では目立ち過ぎる。
陛下は普通の馬車を用意し、三人にそれに乗って帰るよう指示をした。
三人が馬車に乗り込むのを私も陛下も見守る。
乗り込む前にローランドは後ろに振り返って、
「お兄様!クレア様!ありがとう!」
と手を振った。私達も揃って手を振る。
ラッセルとスーザンは私達に深々と頭を下げた。
手を繋いで馬車に乗る三人の様子は既に家族の様だ。
馬車が出発する。私と陛下は馬車が見えなくなるまで黙って見送った。
「ローランドは大丈夫だ」
そう確かめる様に陛下は言って、私の腰を抱く。私は、
「はい。きっと幸せになってくれると思います」
と陛下の胸にコテンと頭を預けた。