「……前国王の子ではない……という事は王族としては認められないという事だ。今のところドーソン公爵家に……と考えているが、公爵にも処分が下る。ドーソン公爵家の降格も間違いない。打診はするが、ローランドにとって幸せかどうかはわからん」
陛下はとても辛そうな顔をした。陛下がローランド様を憎からず思っていたのは、私も理解している。
だからと言って、ローランド様をこのまま王族として置いておく事が無理な事ぐらい、百も承知だ。私はまたあの可愛らしい笑顔のローランド様を思っていた。
「……差し出がましい申し出である事は重々承知ですが……」
陛下の言葉を聞いたラッセルはおずおずと口を開いて、
「ローランド様を……私がお預かりする事は出来ませんでしょうか」
と言った。
「お前が?」
「はい。……王族として育ったローランド様が私なんかの子どもとして暮らすのは、困難かもしれません。しかし!この件で一番傷つくのはローランド様。彼は……私の子どもでもあります。裕福な暮らしをさせてあげる事は出来ませんが、愛情なら与える事が出来ます」
ラッセルの言葉を陛下は黙って聞いていた。
そして静かに陛下は、
「血が繋がっている事が親子の全てではない。お前は最近まで記憶を無くし、ラッセルとして生きてきた。そんなお前がローランドを愛せるのか?それに奥方はそれについて何と言ってる?」
と尋ねた。
「確かにローランド様にとっても、急に私が『父親だ』と言った所で、戸惑わせてしまう事でしょう。妻にとっては他人の子です。でも……これは妻から提案された事なのです」
ラッセルはその時の事を思い出すように話し始めた。
「陛下の使いの方が現れて……私を捜している事を知りました。少し前に記憶を取り戻した私は、てっきり処分されるのだと。
しかし、私に証言をして欲しいと言うお話を受けて……初めて妻に自分の正体を話したんです。
それまでは妻にも記憶を取り戻した事を内緒にしていましたから。妻は私が記憶を取り戻した事をとても喜んでくれました。そして言ったのです『もし貴族の生活に戻る事を希望するなら、そうすれば良い』と。もちろん私はこれからもラッセルとして生きていくつもりだと告げました。
妻と離れる気なんてさらさらありませんでしたし。何故そんな事を言うのかと妻に尋ねました。私と別れる事になっても平気なのか!と。私は妻に捨てられるのかと、少しショックを受けていたのだと思います。
しかし、妻は『このままではローランド様が可哀想だ』と『あなたが貴族に戻ればローランド様を引き取れるのではないか?』と。私はその時、初めてローランド様の事を考えました。お恥ずかしながら、父親としての自覚は全くありませんでした。
妻は一番にローランド様の幸せを考えて欲しいとそう言いました。もし……万が一許されるなら、ローランド様を引き取りたい。そう考え始めたのはその時からです。妻も陛下が許可して下さるなら……と」
ラッセルの言い分を全て聞いた陛下は、
「なるほど。お前の言いたい事はよくわかった。この話は一度持ち帰る。ローランドの気持ちも聞いてみたいと思う」
とラッセルに言うと、
「もう村へ戻って良い。ローランドの事は追って知らせる」
と陛下はそう言った。
ーその夜ー
「驚きました。まさかローランド様が前陛下の子どもでないなんて」
私はいつもの様に陛下の隣でそう口にした。
寝台の上では何となく話しやすい。いつの間にか二人でその日の出来事を話す場になっている。
「おかしいと思う貴族は多かったんだ。だが、ドーソン公爵が強すぎてな、そんな意見はいつの間にか握りつぶされていた」
「確かに、タイミング的に疑われても仕方ありませんね」
「病気が原因で父が不妊になった事を知ったアナベルは、思い切って他の種を使う事に舵を切ったのだろう」
「……まさか、担当医も……」
「こちらは証拠が全くなくてな。だが、あの時の医師は強盗に襲われ死亡している。不自然だよなぁ」
……全てを言わずとも、それがドーソン公爵の差し金である事は容易に想像できた。
「お兄様、久しぶり!」
と陛下に駆け寄るローランド様を陛下は抱き上げた。
今までアナベル様の目があったせいで、ローランド様と距離を置いてきた陛下だったが、抱き上げたローランド様を見る目は優しい。
「もう僕は五歳ですよ!赤ちゃん扱いしないで下さい」
と少し膨れて抗議するローランド様はやっぱりまだ子どもだ。
地面に降ろされたローランド様はキョロキョロして、
「あれ?今日はアイザックは居ないの?」
と私に尋ねる。
「ええ。今日はお部屋でお昼寝しています」
と私が微笑めば、
「えーっ!アイザックに会いたかったな……」
とローランド様は寂しそうにした。
あの襲撃以来、秘密の抜け道は塞がれ、ローランド様はこの庭に近づく事を禁止された。もちろん、ローランド様には不満だっただろうが、それが彼を守るためでもあった。
「ローランド。今日は大切な話があるんだ。少し難しい話だが、聞いてもらえるか?」
と陛下は少し真面目な顔でそう言った。
私達はガゼボに置かれたテーブルセットの藤の長椅子に腰掛ける。
陛下は極力優しい言葉でローランド様に話して聞かせた。
アナベル様が牢に入れられている事は隠した。しかし遠くに行った為に、もう会えないと伝えると、ローランド様は少しホッとした表情になる。
……今まで、アナベル様に怯えて暮らしていた事が、その顔から窺えた。
前国王陛下が父親ではなかった事を告げた時も、ローランド様は
『だから、お父様は僕に無関心だったんだね』と妙に納得していた。
両親から愛情を受けてこなかった事が痛いほどわかって、私は胸が苦しくなる。
陛下は、
「ローランド。お前には本当の父親がいる。その男はお前と暮らしたいと、そう言っているんだ。だがな、その男は大怪我を負って騎士として暮らす事が難しくなってしまった。ある村で農業や林業を営んでいるんだ。だから、今と同じ様な生活は出来ない。どうだ?ローランド、お前はどうしたい?」
と優しく尋ねる。
たった五歳の子どもに、こんな質問……酷な事は私も陛下もわかっていた。だけど、陛下はあくまでもローランド様に決めさせたいとそう言って今日のこの話し合いがあるのだ。
「お父様?僕の本当のお父様は僕と暮らしたいって?」
「あぁ、そうだ。贅沢はさせられないけど、共に暮らしたいとそう言っている。その男には妻がいるが、お前の母親になりたいと」
「じゃあ、僕、もうお勉強しなくて良いの?」
「今ほど難しい勉強はしなくても良いかもしれないが、知識を得る事、学ぶ事は一生続く。お前はこれから、生きる術を学んでいくんだ。お前が望むなら……新しい家族と」
陛下の言葉に少し俯くローランド様。子どもなりに自分の身の振り方を考えているのだろう。
ローランド様は少しの間考えてから、スッと顔を上げると、
「僕、お父様と暮らしたいな」
とにっこり笑った。
きっと色々な葛藤があったに違いない。私は思わず涙が出そうになるのをグッと耐えた。
陛下の目元も少し赤い気がする。
そんなローランド様を陛下はギュッと抱き締めた。