「カークランド、お前の指を見せてみろ」
そう言った陛下に、
「馬鹿馬鹿しい!!たかが絵が何の証拠に?もう茶番は真っ平、帰ります!」
とアナベル様が立ち上がろうとするのを横に立っていた護衛が肩を押さえつけて、椅子に座らせる。
「おいおい、帰るなよ。お前が今帰れば、きっとローランドの指を切り落とすだろうな……。そんな事はさせない。ここにローランドを連れて来る真似をしたくなかったから、絵で確認させたんだ。お前も言ってただろう?よく描けた絵だと」
『切り落とす』……その言葉に私は思わず手で口を覆った。きっと顔色は青ざめている事だろう。
自分の子どもの指を……切り落とすなんて。
私は庭に訪れる可愛いローランド様の笑顔を思い出していた。
「離しなさい!!無礼者!!私を誰だと思っているの!」
押さえつける護衛の顔を睨みつけながらアナベル様が吠える。
動揺している事は間違いない。アナベル様が前国王陛下を裏切っていたなんて……。
「黙れ!!いいか?よく聞けよ?お前……自分が何をしたのか、よーく考えろ。
前国王の子と偽って、国民を騙した罪は軽くない。ここから、普通に離宮へと帰れるわけがないだろう。お前はこのまま牢屋行きだ」
と言った陛下は椅子の背もたれに体をゆっくりと預けた。
「たかだか、指がその男に似ていたから、何だと言うの?それが何の証拠に……」
「あの指はな、優性遺伝だ」
と言って陛下は自分の両手を広げてみせた。
「ご覧の通り。あの指は前陛下の遺伝ではあり得ない。そろそろ自分の立場を理解しろ」
陛下の言葉に、アナベル様の唇が微かに震え始めた。
陛下は護衛に、
「連れて行け」
と声を掛ける。
護衛はアナベル様を立たせると、両脇を抱えて外へと連れて行く。
陛下はその背中に、
「お前の父親も終わりだ。共犯だからな」
と声を掛けた。アナベル様は一瞬振り返り陛下を睨んだが、何も言わずに、また前を向いた。
護衛に抗う事なく、アナベル様は部屋の外へと連れ出された。扉が大きな音を立てて閉じられる。
部屋には静寂が訪れた。
「カークランド、今日はありがとう」
その静寂を破ったのは陛下のその一言だった。
「いえ……私の方こそ。記憶が戻ったとしても元の自分にはもう戻れないと……そう思っておりました。ある意味、私も共犯です。罰を受けます」
カークランドは深々と陛下に向かって頭を下げた。
「お前はもう罰を受けた。いや……ジョージ・カークランドは一度死んだんだ。存在しない者を処分する事は不可能だ。ところで、今は何という名を?」
「今はラッセルと。妻の亡くなった祖父から名を頂きました」
「そうか、良い名だ。今言った通り、お前はラッセル。もうカークランドではない。ジョージ・カークランドは自身の死を以て罪を償ったという事だ。……今は幸せに暮らしているな?」
「はい。妻は死にかけた私を助けてくれただけではなく、普通の生活が出来る様になるまで面倒を。その間、献身的に私を支えてくれて、結婚するに至りましたが、妻には心から感謝しております。
今は村で小麦を作る傍ら、林業も営んでおります。裕福ではありませんが、人並みの暮らしは出来ております。騎士をしている時は近衛になりたくて……正直腐っておりました。だから、あんな馬鹿な話を真に受けて……」
と少し俯くカークランド……いやラッセルに、陛下は、
「貴族の三男というのは、難しい立場だ。貴族として贅沢を知った者が、平民として暮らすのは困難だ。
良い婿入り先を見つけるか、騎士として手柄を立てて騎士爵を得るか……。プライドの高い貴族にはその二つぐらいしか選択肢がないだろうからな。だが、お前は今、幸せだと言った。死にかけたのかもしれんが、ある意味怪我の功名だったのかもしれんな」
と言って彼に頷いてみせた。
「その通りだと思います。あの時の私も変なプライドに縛られておりました」
と少し微笑むラッセルは幸せそうに見えた。
「もういいぞ。ご苦労だった。奥方が心配しているだろう。馬は用意している。持って帰れ」
と言う陛下に、ラッセルは意を決した様に顔を上げ、躊躇いながらも口を開いた。
「あの……一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?申してみよ」
「ローランド殿…、ローランド様はこれから……どうなるのでしょう」
そう言ったラッセルの顔は、心からローランド様を心配している様だった。