「何の話?全く意味がわからないわ。……その醜い傷を私に見せないでちょうだい」
とアナベル様は顔を背けた。だが、その顔色は悪い。
「おいおい、酷いなぁ。お前のお抱えの護衛の仕業だぞ?
カークランドは大怪我を負って谷底に落とされたが、生きていた。ただ、最近まで記憶を失っていたがな」
との陛下の言葉にも、アナベル様は無反応だ。
陛下は話を続ける。
「カークランドはある村で見つけた。
怪我を手当てし手厚く看病をしてくれた女性と結婚していたらしい。最近記憶を取り戻し……自分が生きている事がお前にバレたらまた殺されると不安に怯えながら生きていた……と。
カークランドが斬られた位置、落とされた谷底。そこからどんどんと範囲を広げて調べに調べた。遺体は見つかってなかったからな。お前の護衛……」
と言う陛下の言葉を遮って、
「だから、何が言いたいのか、と聞いているのです。無駄な話はもう結構。その……カークランド?という男が何の話をしたのか知りませんけど、私には何も関係ない話」
「まぁ、聞け。お前の護衛がお前を裏切って折角私に打ち明けてくれたんだ。無駄にするなよ。
まぁ、少し話が長すぎたか。カークランド、お前の知っている事を話せ」
陛下がそう言うと、カークランドという男はボタンを留めながら、
「わ、私が選ばれたのは、前国王陛下と同じ髪色、同じ瞳の色だったからです。アナベル様と会ったのは……アナベル様のご実家、ドーソン公爵のお屋敷でした。私はカークランド子爵の三男で近衛を目指しながら、王都の騎士団で働いていました。
ある日ドーソン公爵の使いの者という人物が来て……近衛になれるよう口添えをしてもらえると言われ……その話を引き受けました」
「その話とは?」
「……そ、その……アナベル様と……お子を……」
とカークランドが言いかけたその時、
「黙りなさい!!それ以上私を侮辱すると言うのなら、ただでは済ませませんよ!!」
とアナベル様が声を上げた。
「黙るのはお前だ、アナベル。このカークランドが今から話す事は、お前の今後を大きく左右する。話次第ではお前は犯罪者だ。さぁ、カークランド、続きを」
「はい。私に課せられた仕事はアナベル様と子を成す事でした。詳しい話は聞くなと言われていましたので、何も。……子爵の三男で近衛になれる者は限られておりますので、その話に乗ってしまいました。……美味しい話には裏があるというのに」
と言うカークランドは唇を噛み締めた。
「その男の言う事はデタラメです!」
とのアナベル様の言葉に、
「デタラメかどうか……確かめてみよう」
と陛下は言うと、ロータス様に合図をした。
すると、ロータス様は大きな額縁に入った絵を持って来る。
その絵には布が掛けられており、何が描かれているのか、私からは確認出来なかった。
「カークランド、それで?アナベルは妊娠を?」
「約……二ヶ月半程経った時に『役目は終わった』と告げられました。その時には多分……」
「なるほど。それまでお前はドーソン公爵家に?」
「はい。ほぼ軟禁状態でした。やっと解放されると思うと嬉しくて……。警戒を怠ったのも確かです。縛られてある山奥に連れて行かれ…斬りつけられて捨てられました」
と言うカークランドの声は震えていた。
「さてと。カークランドの話はここまでだ。まず、この絵を見てみよう」
と言うとロータス様は絵に掛かっていた布を取り除く。
アナベル様はじっとその様子を見守っていた。
その絵は……ローランド様の肖像画だった。アナベル様はどんな証拠が出るのかと戦々恐々としていた様だが、肩の力を抜いて、
「ローランドの肖像画。それがどうかして?」
と少しホッとしたようにそう言った。
「これは、ローランドの肖像画で間違いないな?」
「何を当たり前の事を。それはかの有名な画家のサルタンに描かせた物。利発そうなローランドの特徴を良く掴んでいますでしょう?」
「ほう。サルタンか。あいつの絵はまるで本人がそこに居る様に感じる程の出来栄えだと聞いていたが、本当に噂通りだな。
ふむ……今度クレアの肖像画でも描かせるか」
と陛下は頷いた。
「アナベル、お前もこれはローランドそっくりに描かれたものだと思うだろう?」
……陛下はアナベル様に何を言わせたいのだろう。
「何度も同じことを……。そうだと言ったでしょう?」
「だよな。そういえばローランドは特徴的な指をしているな。この絵にもそれがしっかりと描かれている。本当に素晴らしい絵だ」
アナベル様は陛下の意図を汲もうと、その言葉を注意深く聞いている。
「ローランドのこの指は遺伝するものでな。珍しいものなんだ。アナベル……ローランドの指はお前に似たわけではなさそうだ」
そう言った陛下はアナベル様の顔を見ている。アナベル様はやっと陛下の言いたい事を理解したのか、みるみるその顔色は青ざめていった。