「その時の病が元で前国王……私の父は子の出来にくい体になった。その事を知っているのはその時の医者と……アナベル、お前だ」
「はぁ?何の証拠があって?私はそんな事を聞いた覚えはないわ。どうやってそれを証明するの?」
アナベル様は何故か自信がありそうに微笑んだ。
「証拠はない……と自信がある様だな。確かに証人は居ない。あの時担当していた宮廷医師は死んでいたしな」
と言う陛下の言葉に私はゾッとした。もしかして……いや、まさか。
「では、何の証拠もないのにそんな言い掛かりを?」
と不敵な笑みを浮かべるアナベル様が怖い。
「証人は居ないと言ったが、証拠がないとは言っていない。あの当時のカルテを破棄したからと安心したか?残念ながら、あの担当医は日誌を書いていた。カルテ程詳しくはなかったが、簡潔に『子種減少か?』と書いてあった。この日誌の存在を知っている者は殆ど居なかったから、証拠を探すのに骨が折れたよ」
と陛下は該当のページを開いた日誌を掲げた。
一瞬、アナベル様の顔色が変わるが、直ぐにいつもの調子で、
「そんな物が何の証拠に?それに私がそれを知っていたという根拠にもなりませんね」
その言葉に陛下は次のページをめくる。
「ここに『陛下には告げぬ様に忠告』と書いてある。担当医に忠告出来る者は?その力を持つのは一人しか居ない」
「そう?貴方じゃないの?」
「残念ながら七年前の私にそんな力はない。だが、ここで大事なのは誰が知っていたか、ではなく七年前には父は不妊症を患っていたという事だ。ローランドは今、いくつだ?」
「そこの日誌が陛下の事を書いていたとして……絶対に子が出来ないとは書いていない。万が一の確率で授かったという事よ。ローランドは奇跡の子だわ」
とアナベル様は微笑みながらそう言った。
「まぁ、そう言うだろうと思っていた。これだけでは弱い事もな。じゃあ、次だ。おい!」
そう言うと陛下は扉の近くに居た護衛に声を掛ける。
すると、開かれた扉から一人の男性が現れた。
アナベル様は振り返ってその男性を見ると、扇を取り落とした。
その男性は見た所三十代に見える。オドオドとした雰囲気は大柄な彼を少しだけ小さく見せた。
そして一番驚いたのが、
「前国王陛下と同じ髪色、同じ瞳の色……」
と私は思った事を小さく口に出してしまっていた。
アナベル様が再度陛下の方へ向き直った時には、いつも通りのアナベル様に戻っていた様だが、落とした扇はそのままだった。
「彼の名前は先程言ったジョージ・カークランドだ。本当に彼に見覚えはないか?」
陛下はアナベル様に問う。
「知りません」
アナベル様は一言そう答えた。
「うーん。まぁ、認めないよなぁ。認めたら最後だもんな。でもな、この男を捜すのに本当に苦労したんだ。『知らない』『あーそうですか』では終わらせる事は出来ないんだ」
と陛下は大きく伸びをしながら、そう言うと、座り直して、
「さてと。ふざけるのはここまでだ。ジョージ・カークランド、前へ」
と呼ばれた男性は前に進み出た。
陛下の前まで来た彼は、振り返ってアナベル様の方へ深々とお辞儀をした。
「お久しぶりです」
そう言う彼……カークランドと言う名の男性はアナベル様を真っ直ぐに見た。
「知らない男に馴れ馴れしく話しかけられる覚えはありません。気分が悪くなったわ。もう退出させていただきます」
そう言ったアナベル様は扉の方へと振り返った。二、三歩進んだアナベル様は先程落とした扇を踏みつけた。『ポキっ』と鳴ったその扇に気付く事なく進もうとするも、二人の護衛がその前に立ち塞がった。
「無礼者!そこをどきなさい」
護衛はそれでもそこを動かない。
「無礼者はどっちだ?国王の許可も得ず勝手に退出する方が無礼だろ。逃げるなよ」
陛下が皮肉っぽくそう言うと、アナベル様は振り返って陛下を睨みつけた。
アナベル様はゆっくりと元の場所に戻り椅子に腰掛ける。
「カークランドが生きていた事に驚いているのか?彼はお前が命じた男に斬りつけられた。そしてその体は谷底へ捨てられた。死んだと思われてな」
陛下がそう言うと、カークランド様はおもむろに上のシャツのボタンを外した。
はだけたその上半身には大きな刀傷が付いていた。