思いがけず陛下の気持ちを知ることが出来た。
好意的である事は感じていたが、あんな風に思われていたなんて……。
私は自分の胸に手を当てる。
確かに……コンラッド様には良い感情を持っていた。好意と言い換えても良いぐらいには。
アイザックの瞳を見ていると、コンラッド様の事を想っていた事も間違いない。
陛下には?
最初は噂通りの人かと思っていた。強引な人だとも。
でも私は知ってしまった。彼も私と同じ様に愛に飢えた人なのだと。
そして彼の本質はとても優しく聡明な人だと。
あんな風に振る舞っているのは、本当の自分を隠すため。そして傷つかないため。
……悩まなくても答えは出てる。私がコンラッド様に惹かれた理由。それは陛下の中にある。間違いなく彼が陛下なのだから。
「妃陛下、お父様……いえ元お父様から面会の申し出が」
とロータス様が書類を持って来た。
あの襲撃以降、ロータス様は私やアイザックの側から離れなくなった。
まだ、アナベル様を捕まえるに十分な証拠がないらしく、あの襲撃の黒幕がアナベル様である事は公表出来ていない。
私達の警戒は解かれておらず、サイラス女史との勉強以外で私が部屋を出る事は出来ない。もちろん庭への散歩も禁止だ。
陛下には『不自由な思いをさせてすまないが、少しの間、我慢してくれ』と言われたが当然の事だ。
私もまだあの恐怖を忘れた訳ではない。ただ、陛下の腕に抱かれて眠る時には物凄く安心出来る事も確かだが。
「今『会えない』のも状況的に仕方ないけど、もし状況が許しても『会わない』わ」
とロータス様へ書類を返す。
父はあの後、私の進言通りニコラス様を養子に迎えた。
そして、陛下は父の不正を暴いた。父は国へ納める税金以上に領民へ不当に税を上乗せして私腹を肥やしていたのだ。
私は全くそれを知らなかった。気弱だと思っていた父は意外にも強欲な愚か者だったという訳だ。
父はその責任を取って、ニコラス様にドノバン伯爵を譲る事になった。あの時陛下が言っていた『どちらが領民のためになるか』というのは、これを指していたらしい。全て陛下の計画通りだが、間違いなくニコラス様の方が伯爵として領民達を良い方向へ導いてくれるだろう。
父は除籍された訳ではなく、前ドノバン伯爵として貴族籍に居られるのだ。私に会って文句の一つや二つ言いたいのだろうが、自分の立場を弁えろと言いたい。領地で大人しく隠居してれば良いのに。
「アナベルと話をする」
いつもの様に私を抱き締めて眠る陛下はそう言った。
「証拠が?」
「襲撃を指示した証拠はまだだ。何故か捕まえていた襲撃犯は牢の中で息絶えていた。看守の中にアナベルの手の者がいるのかもしれん。今調べているが、証人が居なくなったのは辛い」
「では、何のお話を?」
「……それは明日のお楽しみだ」
そう言う陛下の顔は、全然楽しそうではなかった。
翌日。陛下の前に現れたアナベル様はとても不快そうな様子で、
「国王になったからと、私を気安く呼びつけるとは……。偉くなったつもり?」
「虚勢を張るのはよせ。あの襲撃以来、いつ自分の悪事がバレるのかとビクビクしていたのではないか?結局、未遂に終わったしな」
……陛下にはアナベル様の不安が見えているのだろう。私にはふてぶてしい、いつものアナベル様にしか見えないが。
アナベル様はそれを聞いて、フッと笑った。そして、私を見ると、
「暴漢に襲われたと話は聞いたけれど、元気そうで何よりだわ」
と皮肉っぽく笑って扇で口を隠した。
「ありがとうございます」
と私が礼を口にすれば、彼女は私をキッと睨んだ。死んでなくてガッカリといった所か。
「ところで……アナベル。ジョージ・カークランドと言う男を知っているか?」
その名を聞いたアナベル様は片方の眉毛をピクリと動かした。
「さぁ?聞いたことありませんわ」
アナベル様はそう答えるが、陛下に嘘は通じない。
「そうか?おかしいな……ローランドの父親の筈だがな」
その陛下の言葉にアナベル様は肩が少しだけ上がった気がしたが、顔色を変えることはなかった。
逆に私は驚き過ぎて、つい陛下の方を口を開けて眺めてしまった。
「何を馬鹿な事を。例え国王であろうとも、言葉を選びなさい!無礼者!」
顔色は変わっていないが、アナベル様は不快感を顕にした。
「馬鹿な話かどうかは、今から話す私の話を聞いてからにしたらどうだ?まず……前国王陛下はある時期、体調を崩した。今から七年程前だ。覚えてるな?」
「覚えていますよ。結構長患いでしたからね……あれから陛下は度々寝込む事が多くなりましたしね」
サラッと前国王陛下の事を『陛下』と呼んだアナベル様は、エリオット陛下を依然国王と認めていないと言う表れだろう。いや、わざとかもしれない。