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第40話

アイザックの不思議な力。そのお陰で私達は命拾いをした。


「ザック……貴方は本当に不思議な子ね。今日は助けてくれてありがとう。

でも、きっと貴方がこの力を疎ましく思う時が来るのでしょうね。陛下も仰っていたもの。

少しでも、貴方がこの力を良い事に使えますように……。そして、なるべく心穏やかに過ごせます様に」


ゆりかごで眠るアイザックの頬をそっと撫でながら私は呟く。


すると何の気配もなく、


「アイザックには俺が居る。こいつが自分の能力を呪わない様、力を貸す」

と陛下が話しかけて来た。


私は思わずびっくりしてしまう。……が、アイザックを起こさないように小声で、


「もう!びっくりしたじゃないですか!」

と陛下を窘めた。



「すまん、すまん。……俺には助けがなかったが、アイザックには俺も、お前も居る。大丈夫だ」


「陛下。お母様の事………恨んでいらっしゃいますか?」

私が陛下に振り返りながらそう尋ねると、陛下はゆりかごに眠るアイザックを見ながら、私の横に腰掛けた。



「恨んではいない。母も苦しかっただろう。俺のこの力は母譲りだが、母が誰から受け継いだのかは分からない。母の家族はもうバラバラだからな。母は孤立無援だった。マーサを除いては」


「マーサさんは、元々お母様に付いていた侍女の方でしたの?」


「いや。マーサは王宮で働いていた侍女だ。何がどうしたのかは知らんが馬が合った様で、母はマーサだけを側に置いていた」


「そうですか。マーサに聞いてみたいです。お義母様のお話」


「楽しい話はないと思うぞ。母は父を恨んでいた。まぁ……当たり前だろうな。だが……子どもの頃はやはり納得がいかなかったから、荒れていた事も確かだ」


「私もあまり恵まれた子ども時代ではなかったかもしれません。母が亡くなるまでは、一応伯爵令嬢としての生活を送る事が出来ていましたが、その時でも父との関係は最悪でした。……というよりほとんど言葉を交わした事もありませんでした。母は優しい人でしたけど……優しすぎたのかもしれません」


私も陛下も……ちょっとだけ似ているのかもしれない。


「まぁ、あの夜会で、俺はお前を使用人だと思い込んでいた事は確かだ。あの時の会話でもお前の扱いが酷い事は十分理解出来たしな」


「聞こえていたのですね。私とイライザの会話」


「もちろんだ。耳は良い」


「私は聞こえていないで欲しいと願っていたのですがね」

と私は苦笑した。あの言葉の数々がコンラッド様を傷つける事が怖かった。


しかし、苦笑している私とは正反対に、陛下の顔は無表情になる。そして、


「クレア。お前はスティーブ・コンラッドが好きなのか?」

と私に問いかけた。



「はい?コンラッド様は……陛下なのでは?」

私は少し混乱していた。陛下の言葉の意味が分からなくて。


「あぁ。そうだ。だが、お前が好意を持っているのは俺じゃない。スティーブ・コンラッドだ」


「陛下。私はそんな……」


「俺は結局、誰にも愛されないんだな」

と一言言い残して陛下は私の隣から立ち上がった。


部屋の扉に陛下が手をかける。私は、ここで陛下を行かせてはいけない気がして、その背中を追った。


「お待ち下さい!」


私は陛下の腕を後ろから掴んで止める。


陛下は振り向かず、


「すまない。変な事を言った。ハハッ!おかしいだろう?」

と乾いた笑い声に寂しさが滲む。陛下は少し天井を見上げる様に顎を上げると、


「俺はこんな力があったせいで、子どもの頃からどうも他人と打ち解ける事が難しかった。父親は可愛がってくれたよ……母が亡くなるまでだが。その後は無関心になったな。

父親はクズのような男だが、母を愛していた。いや……異常な執着だったかもしれん」

陛下の顔は見えないが、声に力がない。

陛下は私に何を伝えたいのだろう。私にはアイザックや陛下の様な力はないので分からない。


「陛下。私には特別なギフトはありません。こちらを向いて……きちんとお話してくれませんか?でないと、陛下の気持ちが分かりませんよ」

私は陛下の腕を掴んだ手に少し力を込めた。



陛下はゆっくりと振り返って私を見る。その頬には一筋、涙の跡があった。


「俺は父親の異常さを継いだのかもしれない。こんな気持ちは初めてで、どうして良いのか分からない」


「陛下……」

私は背伸びして陛下の頬に触れると、その一筋の涙の跡を指で拭った。


陛下はその手を握る。


「初めて人を好きになったんだ。自分で自分に嫉妬する程だ」


「別に私は……」


「君はスティーブ・コンラッドの事を話す時、少し優しい目をするんだ。それだけでイライラする。俺自身を愛してくれる者などいない」


「陛下、逆です。コンラッド様は陛下ご自身に他なりません。立場も見た目も全て取り除いた姿がコンラッド様だったのではありませんか?」


「クレア……」


「私はあの夜の事を後悔した事はありません。それはコンラ……いえ、陛下の優しさに触れたからです。

陛下はいつも飄々としていらして、少し粗雑に振る舞っていらっしゃいますが、本当は優しく、思慮深い方です。私はこの数ヶ月でそれに気づきました。きっとロータス様始め、陛下の本質に気づいている方はもっとたくさんいらっしゃいます。皆様、私なんかより陛下と時間を共にしていらっしゃるのですから」


「……俺はクレアに好かれたい」

少し拗ねた様に言う陛下が可愛らしい。



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