「目を瞑っておけ」
と言う陛下の言葉に、私はアイザックの耳を塞ぐ様に抱き締めて私も目を瞑った。
私の耳には剣を振り下ろした時に風を切る音と、肉を切る音、男達のうめき声が聞こえるが、私は陛下を信じて心を無にする。頬が涙で濡れているようだが、アイザックを抱き締める腕を緩める事は出来ない。私は流れる涙をそのままに、アイザックを守る事だけを考えて時が過ぎるのを待っていた。
蹲って固まってしまった私の肩に手が置かれ、私は体が跳ねる。
「終わった。もう大丈夫だ」
と陛下は私に声を掛けると、私を立ち上がらせてアイザックごと抱き締めた。
「お前に見せたくない。このまま抱き抱えて行くから、目を瞑ったままで」
という陛下の言葉に私は頷いた。
陛下は私達を纏めて抱き上げると、ゆっくりと歩き始めた。
私は目を閉じたまま、体を陛下に預けた。
部屋に着いて、陛下は私を長椅子にゆっくりと降ろす。私は目を開けて、
「……マーサとダイアナは?」
と尋ねた。
この部屋にはマーサもダイアナも居ない。私は最悪な想像に声が震えた。
すると、私の部屋の扉のノックと共にダイアナが駆け込んで来た。
「妃陛下!!アイザック殿下!!」
私達を見てダイアナは涙を流しながら名前を呼んだ。
「ダイアナ!!無事だったのね!!」
「はい!妃陛下もご無事で……。殿下も」
と泣きながら私の側に来て膝を突いた。
「マーサ……は?」
「伯母も無事です。ただ、斬りかかられた時に尻もちを搗いたのと、逃げる時に足を捻ってしまったので、今、医師に診て貰っています」
「ダイアナは?何処にも怪我はない?」
「はい。私は全く。護衛の方々に助けて頂きましたから」
と言うダイアナの笑顔は少しだけ恐怖の色が残っていた。
「二人が無事で本当に良かった……」
と言う私にダイアナはハンカチを差し出した。
「ふふっ。ダイアナ……貴女も泣いてるわ」
と言って私も自分のハンカチを差し出しす。私達は泣き笑いの表情でお互いが差し出したハンカチを使って涙を拭った。
「ダイアナ、申し訳ないがアイザックを頼めるか?」
と言う陛下の言葉に、ダイアナは頷いてアイザックを私の手から預かった。
「妃陛下、殿下は沐浴をしていただいておきましょう。お散歩で少し汗をかいている様なので」
とダイアナがあくまでもアイザックに動揺が伝わらないように努めてくれている事に心から感謝した。
陛下は私と二人になると、
「怖い思いをさせたな」
と私の前に跪くと両手で私の頬を挟む様に包みこんだ。
私はまた泣きそうになるのをグッと耐えた。
陛下は静かに、
「もっと早く手を打てば良かったが……。いや今更だな。言い訳はよそう」
と私に言った。
「陛下には今回の事が予想出来ていたのでしょうか?」
「いや。流石にこんな馬鹿な事をしでかすとは思っていなかった。こんな事をすれば誰が犯人か直ぐわかる」
「あの者達は……」
「生け捕りに出来た者も居る。口を割るかは分からないが、証拠として使えるかもな」
「陛下……私……いえ、アイザックの命を狙うとしたら、私には一人しか思い浮かびません……」
「お前が考えている通りの人物が犯人だろう。こんな事をすれば嫌でも分かる」
……そうか。そこまで焦っていたのか……。
黙り込む私に、
「俺の動きがバレたのかもしれない。ならば全て俺のせいだ。すまない」
「陛下の?」
「それは……また今度。とにかくあの庭の抜け穴は塞ぐ」
「では………あの穴を通って?」
と私が尋ねると、陛下は頷いた。
「だからと言ってローランドに責任を負わせるつもりはない。幸か不幸か……ローランドはあの女と出掛けている。巻き込まれなくて良かった」
私はその言葉を聞いてホッとした。
「今日を狙ったのは、ロータスが居ないからだろう」
「……!そう言えばあの若い護衛は?!」
「残念ながら他の護衛に切り捨てられた」
「実はあの時……ダイアナが私達の姿を見て手を振ろうとした瞬間、ザックが声を上げたんです。でもそれまでは……彼の殺意を感じ取れなかった」
「ずっと躊躇っていたのか……いや、本当は殺意なんてなかったのかも。今あの男の事を調べている。どうして、あんな馬鹿な事に手を貸したのか」
近衛であったあの若い護衛の事を語る陛下の顔は努めて無表情だったが、少しだけ辛そうだ。
陛下は冷酷無比なんかじゃない。本当はとても温かい人だ。それを無表情という仮面で隠している。私は無意識に、私の前に跪く彼の頬に手を伸ばした。
「陛下……。何か事情があったのかもしれません。彼には彼の事情が」
「だが、お前達を害そうとした事にはかわりない」
「ご両親に……真実を」
「そうだな。約束する」
「陛下、改めて助けていただいてありがとうございました」
と微笑む私に、
「アイザックのお陰だ。何故か心がざわついて、導かれるようにあそこに。お陰で、議会をほっぽり出したままだ」
と陛下も微笑んだ。