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第38話


「お母様は僕の事が嫌いなんだ」

サラッと何でもない事の様に言うローランド殿下の様子に胸が痛くなる。


「………どうしてそう思われるのです?」


「僕が話しかけると、とても嫌そうな顔をするんだ。それに僕がお勉強の答えを間違えた時も。あ、熱を出した時もだ。全部、嫌な顔をするの」


何と言えば良いのか。「そんな事ない」なんて言葉が何の慰めにもならない事を知っている。

私は何も言葉が見つからなかった。


「ザックはまだお勉強しなくていいんだね。羨ましいなぁ」


今日も庭で散歩をしているとローランド殿下が現れた。

私の膝に抱かれているアイザックを見ながら、ローランド殿下はそう言った。


「いずれアイザックもお勉強が始まります。……実は私もお勉強中なのですよ?」

と、私がウィンクすれば、ローランド殿下は目を丸くして、


「え?大人なのに勉強してるの?」

と首を傾げた。


「はい。子どもの頃にきちんとお勉強をして来なかったので、まだお勉強をしている最中なんです。殿下と同じですね」


「ほんとだね!同じだ!」

と殿下は嬉しそうな笑顔になった。




「ローランド殿下の言葉にいつも胸が痛くなります」

寝室で陛下にそう私が言うと、


「まだ来てるのか」

と陛下はため息を吐いた。二人で寝台に横たわる。

前は私を背中から抱きしめていた陛下だが、今はお互い向かい合って眠る。もちろん私は陛下の腕の中だ。


「もう来るな……とはどうしても言えなくて」


「最近アナベルが出かける事が多いからな」


「アナベル様はローランド殿下をどのように思っていらっしゃるのでしょう」


「さぁな。彼女の本心は誰にも分からないが……ローランドが『愛されていない』と感じている事が答えだろう。俺は……少しローランドの気持ちがわかる」

そう言った陛下は少し寂しそうな顔をした。


「前に母の話はしたな?だが、あの時には言えなかった事がある」


「言いたくなければ無理はしないで下さい」

私は寂しそうな陛下の頬を撫でた。

陛下は私のその手を握るとそっと口づける。


「母は……俺を愛していなかった。憎い男の子どもだ。俺を見る度に苦しそうな顔をしていた」


「でも……それは……」


「そう。俺のせいじゃない。だから母は辛そうだった。愛したいのに愛せない。母の葛藤が俺には分かった。だから俺は……母と距離を取った」


「お母様は……陛下を嫌いになれなかったのですね」


「そうかもしれないな。今ならそんな母でも許せるだろうが、子どもの俺には難しかったよ。愛して欲しい人から愛して貰えないのは、なかなか辛いものだ。ローランドも同じだろう。ローランドはお前に救いを求めてる」


「私にはローランド殿下を救う術はありません。でもあの小さな手を手放す事も出来ずにいます」


「分かってる。俺もローランドをどうにかしてやりたい」

そう言って陛下は私を抱きしめた。


「彼はとても良い子ですわ。やはり陛下の可愛い弟君ですね」

と陛下の胸に抱かれて言う私に、


「……そうだな」

と陛下は呟いた。


「今日はロータス様は居ないのね」


私は見覚えのない護衛にそう言った。


「はい。副団長は陛下の代わりに南の砦へ。ちょっとした紛争が起こりまして」

と言う若い近衛は緊張している様で、無駄に力が入っていた。


私はいつもの様にアイザックを抱っこして、庭を歩く。マーサが私に日傘を差し掛けている。


もう少し行くといつも休憩しているガゼボに到着だ。そこにはダイアナが果実水を用意して待っていてくれている。


私達の姿が見えたのか、ダイアナが笑顔になった……かと思ったら、私の後ろを見て、


「キャーーーー!!!」

と驚愕した表情で叫んだかと思うと、


「逃げて!!!」

と怒鳴った。


その声に私がダイアナの視線の先である後ろを振り返ると、先程言葉を交わした若い護衛が剣を振り上げているのが見えた。


「マーサ!逃げて!!」

このまま、その剣が振り降ろされたら、私の後ろから日傘を差し掛けていたマーサが犠牲になってしまう。


マーサは咄嗟に日傘を後ろに向ける。

日傘は見事にその剣の餌食となった。


少し離れて付いてきていた、護衛が勢いよく走ってきたかと思えば、その若い護衛に斬りかかる。二人は激しく剣の打ち合いになった。その後ろから他の護衛も加勢に走って来た。


マーサは腰を抜かし、その場にへたり込んだのだが、走り寄ったダイアナに抱き起こされる。

ダイアナは同時に、


「妃陛下!早く安全な場所へ!!!!」

と叫ぶ。

私はアイザックを強く抱きしめて、宮の方へと駆け出した。

……が、前から黒尽くめの男達がワラワラと現れる。その手には鈍く光る剣が握られていた。


(殺られる!!!)

そう思った私は、反対側へ駆け出した。


男達は私を追ってくる。私と男達の間に護衛達が走って来て立ち塞がると、その男達に剣で応戦した。またもや激しい打ち合いだ。


だが、男達の方が人数が多い。数人が護衛をすり抜け私達を追ってくる。


私は靴を脱ぎ捨て、思いっ切り走った。



息が切れる。だけど女の私の足では直ぐに追いつかれそうだ。護衛がその男達を追いかけて来て、一人、二人とまた相手にしていく。しかし、私は止まれない。


足がもつれ(あ!コケる!!)と思ったその時、

私の目の前の大きな手が私を抱き止めた。


そしてその手は、剣を掴むと片手で私を追ってきた男を切り捨てた。



「遅くなった」

と言う陛下の顔は無表情だ。ただ、物凄く怖い。


陛下は私とアイザックを自分の背に隠すと、追い付いた二人の男を簡単に切り捨てる。その剣先は血で濡れていた。


私はアイザックにその光景を見せたくなくて、アイザックの顔を私の胸に押し付けた。


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