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第36話


「え???ク、クレア??」

私の姿を見てイライザが目を丸くする。マギーは言葉を失ったように絶句し、ジョアンナはまだすすり泣いていた。



「お久しぶりです」

と言う私の言葉に被せる様に、


「何であんたがそんなドレスを着てるのよ?!」

とイライザは叫んだ。……そんなに私の着ているものが重要かしら?しかもこの状況で?


「おい。お前。私の大切な妻に『あんた』はないだろう?この国の王妃に向かって、頭が高いんじゃないか?」

と陛下が私の腰を抱く。わざとらしく見せつける陛下に苦笑いしそうになるのをグッと我慢した。


「つ……ま……ですって?どういう事なの!?クレア、説明なさい!」


マギーの言葉に私は昔を思い出していた。

いつも私じゃない誰かのミスでも『クレア!?どういう事なの?!説明なさい!!』って詰められていた事が苦い思い出となって、頭の中を巡る。

あ~嫌な気分になってしまった。


「おいおい、そこのおばさん。王妃を呼び捨てとは。死にたいのか?」

と陛下は無表情にそう言った。私の前ではよく笑う陛下のこんな表情は久しぶりに見た。綺麗な顔が無表情……やっぱり怖い。



イライザがまた口を開こうとするのを、陛下は遮って、


「まず、お前達の間違いを正そう。私は王太子ではない。国王だ。ずっとこの牢に居て知らなかっただろうが、前国王は亡くなり私が王位に就いた。そして私の隣りにいるクレア。クレアは私の妻だ。それが何を意味するかわかるな?クレアは王妃だ。お前達が気軽に話しかけたり、名を呼んだり出来る立場にない。理解したか?理解したなら、その間抜け面を直せ。見苦しい」

と渋い顔をした。


マギーもイライザも大きく開けた口を閉じた。


すると、そんな空気を全く読まない様に、


「え?クレアって王妃になったの?なら、私は王妃の義姉って事?という事は良い家に嫁げるわよね?」

と泣き止んだジョアンナがそう言った。

…………凄いな。この状況でそれを口に出せる神経。図太過ぎて私の方が驚いてしまう。


「そこの女は馬鹿なのか?まぁいい。今回、お前達が牢に入れられている罪状についてだが……」

と言う陛下に、


「それについて、申したい事がございます!」

とイライザが手を挙げた。挙手制だったかしら?


「何だ?一応聞こう」

と言う陛下の言葉に、イライザは勢い良く喋り始めた。


「まず。私は殿……いえ陛下に薬を盛った覚えはありません。何故、私が捕まらなければならないのか、全く意味がわかりません!」


「ほう。なるほど。では約一年半ほど前。ドノバン伯爵家で夜会が開かれた。それは覚えているか?」


「もちろんでございます。でん……陛下にも招待状を出しましたから」


「お前、その時にスティーブ・コンラッドという人物に媚薬を飲ませたな?」

と問う陛下にイライザは言葉を詰まらせた。

相手が誰であれ、同意を得ずに媚薬を飲ませるなど、あってはならない事だ。


「………知りません。私じゃありません。何の証拠が……」


「この小瓶に見覚えはないか?お前の部屋から見つかった物だ」

と少量の液体の入った小瓶を陛下は小さく振った。


イライザは目を逸らす様に俯いたかと思うと黙り込んだ。陛下はお構い無しに、


「調べたら、これは媚薬だった。まぁ、これが私に飲ませたモノで間違いないだろうな」

と言うと、イライザはキッと陛下を睨んで、


「スティーブ・コンラッドに飲ませた事は認めますわ!!だから何なのです?陛下には関係のない事です!」

と開き直った。


「言ってなかったな。スティーブ・コンラッドは私だ。王太子として出向くのには少々問題があったのでな。ちょっとした仮装だと思えば納得するか?お前達には不快に思われていた様だが」

と平然と言う陛下にイライザもマギーも口をワナワナと震わせた。


「まさか……そんな……」

と二人が声を揃えるが、ジョアンナは、


「えー?なら、イライザは結局殿下に媚薬を飲ませたって事じゃない。あーあ。イライザも馬鹿ね。あの時、クレアじゃなくて自分の身を捧げていれば、今頃隣にいたのはイライザだったかもしれなかったのに」

と思った事を全て口に出した。


「え?あ?そうなの??だからクレアを???」

と言うイライザに、


「あの時、媚薬が原因で死ぬことになっていたとしてもお前は抱かん。私にも選ぶ権利はあるのでな」

と陛下は顔をしかめた。


「なんですって?ではクレアだから良かったとでも?」


「そうだ。クレアだから私は抱いたんだ。他の誰でもない、クレアだからだ。クレアはお前達と違って打算で動く女ではない。あの時、私を助けたい一心だった。そんな彼女だから私は惹かれたのだ」

と陛下は私を見てにっこりと笑った。無表情からの笑顔。これは流石にときめいてしまう。


それはイライザも同じだった様で「ウッ」と唸ったかと思うと頬を紅く染めていた。


「陛下!陛下に媚薬を盛るなど……なんとも恐ろしい事!私は全く知らなかった事でございます。イライザは既に成人した立派な大人です。自分の罪は自分の罪として認める、甘んじて罰を受けるはず。しかし、私は全く関係ありません」

とマギーは牢の鉄格子を握りしめ、陛下へと訴えた。

切り捨てられたイライザはワナワナと震えている。

すると、ジョアンナまで鉄格子に近づいて、こう言った。


「イライザが媚薬を買った怪しい商人を紹介したのは母です。母は違法な薬を売っていると知っていて敢えて教えたんです。それって同罪じゃありません?でも、私は本当に全く関係ないんです」



「ジョアンナ!!なんてことを言うの!!」

とマギーが叫べば、


「ジョアンナ!あんたは私が媚薬を使うのを止めなかったじゃない!!いや、あんただって面白がっていたでしょう?!

それに、あの夜だって廊下の見張りを喜々としてやってたじゃない?あんたも同罪よ!」

とイライザはジョアンナを鉄格子から引っ剥がすとジョアンナの頬を打った。


「痛いじゃない!何するのよ!!」


「二人ともいい加減になさい!あの夜会で貴女達が何を企んでいたかなんて、私は全く知らなかったし、商人を紹介したのだって、陛下に使う媚薬だなんて思いもしませんでしたよ!!」


三人が三人とも罪を擦り合っている。……なんて見苦しい……。

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