「気が重い……」
と鏡の前でため息をつく私にマーサは、
「会いたくないですか?」
と私の髪を編み込みながらそう言った。
「家に居た時だって殆ど顔を合わせた事がなかったんだもの。今更どんな顔して会えば良いのか……」
「堂々とされてれば良いんですよ。クレア妃陛下はこの国の王妃ですよ?誰にも頭を下げる必要はないんです。胸を張って会えば良いんです」
とマーサに発破をかけられるも、私の気持ちはなかなか晴れなかった。
面会の部屋へと私が入ると父親は喜色満面の笑みで立ち上がった。
「クレア!!久しぶりだな。元気にしていたか?」
と両手を広げて私に向かって来ようとするのを、
「無礼者!下がれ!」
とロータス様が剣に手をかけて牽制した。
父親はロータス様のその剣幕にギョッとしながら渋々椅子に座り直した。
私は一段高い場所に置かれた豪華な椅子になるべく優雅に腰掛ける。
マーサに言われた通り、堂々と、堂々と、と心がけながら。
「ドノバン伯爵、ご機嫌よう。それで、私に用……と言うのは?」
「おいおい。他人行儀だな」
「………他人ですので。で、用は?面会を求めたのはドノバン伯爵の方ですよね?用がないのであれば、お引き取り願えますかしら?」
母が亡くなってから……いや亡くなる前からも、この男に可愛がられた覚えも、守られた覚えもない。
確かに母が亡くなるまで、貴族令嬢として必要な事柄を身につける為の教育はつけて貰った。それは今になって感謝はしている。でなければ、今以上にサイラス女史からこてんぱんにやられていたに違いない。
「お前は私の可愛い娘じゃないか。エマが亡くなった今、私にはもう家族はお前しかいないんだから」
エマは私の母の名だ。この男の口から聞きたくない。
「貴方の家族は今捕まっている三人でしょう?それとも貴方は家族に使用人の真似をさせる趣味でも?」
と私が言えば、目の前の男はばつが悪そうな顔をした。
「陛下から聞いていないか?マギーとは離縁した。もう私には関係のない女だ。逮捕される様な女どもが私の家族の訳はないだろう。
私はマギーの外面に騙されていただけだ。あの時の私はどうかしていた。エマを亡くした辛さから逃れる為にマギーの甘い言葉に騙されたんだ……。お前に辛く当たっていたのはエマによく似たお前を見ているのが苦しかったんだ。許して欲しい」
………ロータス様に切り捨てて貰っちゃおうかしら?
「残念ながら、今の私に家族と言えるのは息子アイザックと夫である国王陛下のみです。許すも何も……貴方を家族と思ったことはありません。で、用は?」
「クレア……そんな冷たいことを。お前がこの国の王妃になった事を祝いに来ただけだ。私もお前の父親として鼻が高い。今後のドノバン家の事を考えても、こんな名誉な事はない」
「お祝いを……。なるほど。ではもう用はお済みですね。ならば私からも一つドノバン伯爵にお話があるのですが、よろしいかしら?」
この男の顔を見ているのが不快になってきた。さっさと陛下からのミッションをクリアして退出願いたい。
「クレア……。お父様と呼んでくれていたじゃないか。どうしてそんな………」
と大袈裟に悲しそうな顔をする父親にイライラするが、もうそれに応えるつもりはない。
「ドノバン伯爵、今の状況を貴方の周りは何と?昔から親戚の方々に頭が上がらなかったでしょう?」
だから、私を捨てる事もイライザやジョアンナにドノバン伯爵家を継がせる事も出来なくて、宙ぶらりんのままだった。全く中途半端な男だ。
「それは……」
と言葉を失う父親に私は続けて、
「とにかく今一番の問題は後継が居ない事……そうではありませんか?」
と言う私に、この男は驚くべき言葉を告げた。
「新しく妻を娶れば済むこと。私の血を引く者が生まれれば何の問題もない。最初からそうすれば良かったんだ」
と肩を竦める父親に目眩がしそうだ。こいつ……最低。
陛下に『いざとなればこれを使え』と言われた書類がロータス様より私に手渡される。まさか、これを使わなければならなくなるとは思っていなかったが、陛下は私より、父がどうしようもない男だと分かっていた様だ。
「ドノバン伯爵に残念なお知らせがあるわ。ここ数年、マギーに夜、薬を飲まされていたわね?」
「あぁ……。夜、眠れない時があって……」
父は私の質問の意味が分からない為か不審そうにそう答えた。
「マギーは自分が貴方との子を産めなかった事から、他所に子どもを作らせない為……貴方に避妊薬を飲ませてたの」
「ま、まさか……あの薬……が?」
「そうよ。しかも我が国が認可していない不当な物でね。数年続けて飲むと一生子を成す事が難しくなるみたいなの。
今回の取り調べで、イライザが何処で媚薬を手に入れたのか調査していたら、副産物として貴方に飲ませていた薬を突き止めたって訳。わかる?貴方は残念な事にもう子宝に恵まれる可能性が極めて少ない……そう言う事みたいね」
と言って私は手にあった書類を父の方へと滑らせた。
それを床から拾い上げた父は、書類を掴むと必死にそこに書かれた文字を目で追っていた。