「さぁ!出来ました!久しぶりでしたが……うん!これなら十分でしょう!!」
とマーサさ……いや、マーサは何度も満足そうな笑顔で頷きながらそう言った。
私は正直……鏡の前で呆然と立ち尽くしている。
いつもはお下げを片方に垂らした自分の髪が、今まで見た事がない程に複雑に編み込まれ、小さな宝石がたくさんついた髪飾りで纏められている。顔は綺麗に施された化粧によって、肌はツヤツヤ唇はプルプルでかつてない程に、華やかだ。
そして極めつけは今まで袖を通した事もないほどに豪華で質の良い……白いドレス。そう……白いドレスだ。
これって……と唖然としている私に、マーサは、
「さて……仕上げにこれを被せましょうね」
とニコニコ顔で私の頭にベールを被せた。
これは、間違いようがない。ウェディングドレスだ。
「これ……は。ウェディングドレスですよね?」
と私がマーサに尋ねたと同時に、部屋の扉をノックする音が聞こえた。
「クレア!綺麗になったじゃないか!」
マーサが扉を開けると同時に、そう言いながら大股で私に近付いてくるのは、エリオット殿下だ。
「殿下………あの、これってウェディングドレス……ですよね?」
とさっきマーサに貰えなかった答えを今度こそは貰おうと、私は口を開いた。
「あぁ。その通りだ。……いやぁ……俺は別にお前の外見に惹かれた訳ではないが、こうして着飾った姿もまた、良いもんだな。美しいよ」
と笑顔で言う殿下。
さっきから、ちょいちょい失礼な発言に若干イラッとするものの、今はそれどころではない。
「流石に、正妃より先に側妃が挙式する訳には参りません。……もしや、もう既に正妃様が……?」
一週間全く顔を見せなかったこの男。もしやその間に正妃を娶ったとでも言うのだろうか?
しかし、例えそうだとしても、正妃との結婚式の数日後に側妃の結婚式というのは、些か節操がなさ過ぎでは?
「何を言ってる。正妃はお前だよ、クレア。俺は側妃など娶る気はないし。ん?何だか不満そうな顔をしているな。もしや……一週間俺の顔が見られなくて寂しかったか?」
「いえ、いえ、いえ、そうではありません。と言うか私……『王太子妃になるつもりはない』そう言いましたよね?殿下もそれで良いと、そう約束して下さったではありませんか?!」
この自惚れた男の鼻をへし折ってやりたいが、それは今じゃない。
さっきの戸惑いから、今度は約束を破られた事への怒りが湧く。
「おい、落ち着け。そんな顔をしたら美人が台無しだぞ?確かに俺は『
とにっこり笑う殿下の顔を、信じられないものでも見るような気持ちで私は穴が開く程見詰めた。
そして……ここに連れて来られたあの日を思い出していた。あの時殿下は『あと一週間で国王になる』とそう言っていたではないか。……やられた。
「……私を騙したのですね?」
「人聞きの悪い事を言うな。騙してもいないし、約束を破った訳でもないだろう?お前が重要な事を忘れていただけだ。
王太子妃でなければ俺の提案を受け入れると約束したのはお前だ。まさか、約束を反故にすると言うのではあるまいな?」
とニヤついた顔で言う殿下……いや陛下の顔を引っ叩きたくなる衝動を抑えるのに苦労する。
「私は側妃になるものだとばかり思っておりました」
と陛下を睨みながら言えば、
「お前が睨んでも可愛いだけだな。俺は側妃になれなど一言も言っていない。それはお前の勘違いだ。……何だ?随分と怒っているようだな」
「当たり前です!!王太子妃にもなりたくありませんでしたが、王妃にはもっとなりたくありません!!当然でしょう?そんな重大な事をまるで騙し討ちのように……!」
私が怒っているのなんて、気持ちを読まなくてもわかるだろう。
「まぁ、まぁ、そう言うな。俺が国王になる事を忘れていたお前も悪い」
と陛下はにっこり笑う。
すると、
「陛下、お時間でございます」
と言う声が廊下よりかかった。
陛下は私に腕を差し出すと、
「さぁ、時間だ。俺の即位式と結婚式だ。国民も皆待っている」
と私に言う。
私は自分の運命を呪いながら仕方なくその腕を取った。
「不貞腐れるな。笑顔でいれば国民からも好印象だぞ?」
と私の横に立つ陛下にそう言われても、全く笑えない。
「陛下だってもっと国民の前で笑顔を振りまいては如何です?そうすれば『冷酷無比』などと噂されなくなるのでは?」
と皮肉っぽく返せば、
「俺が笑顔だと女達皆が惚れてしまうだろうが。これでも気を遣ってるんだぞ?これ以上モテないように」
と平然と言われてしまった。ああ言えばこう言う。
陛下は即位式を終え、挙式の為に教会へと戻って来た。私は教会の控室で手順を覚えるのに必死だ。
「お前は『誓います』って言っときゃいいんだ」
とサラッと言う陛下に殺意が湧く。
「そういう訳にはいきませんよ!」
と言う私に、アイザックを抱いたマーサが、
「クレア様、後はエリオット様が何とかして下さいますよ。リラックス、リラックス。ね、ほらアイザック様もそう言ってますよ」
と私にアイザックの顔を見せてくれた。
私は立ち上がり、マーサの腕でご機嫌なアイザックの頬を撫でる。アイザックはキャッキャッと声を上げて喜んだ。
そんなアイザックに陛下は笑顔を向ける。……くっ!眩しい!
確かに陛下の笑顔は殺傷能力が高いのかもしれない。たくさんの女性がメロメロになる事間違いなしだ。
結婚式が始まりたくさんの貴族の前に私が現れると、皆がざわざわし始める。
社交界にデビューすらしていない私は、今まで『居ない者』として扱われていた。『居ない者』が急に王妃になるなんて、なんの冗談かと思う。
しかし陛下はどこ吹く風。オドオドしている私に、
「胸を張って歩けよ?下を向くな。お前は俺が選んだ女だ。堂々としてろよ?」
と前を向いたまま声を掛けた。
「選ばれたかった訳ではありません。……たまたまです」
と私が小声で答えれば、陛下はクスッと笑った。
それを見て何人ものご婦人達が『ほ~ぅ♡』とため息をつく。
陛下はやはり笑顔禁止にした方が良さそうだ。
私はさっき覚えたばかりの手順を必死で思い出しながら、なんとか無事に挙式を終えた。
周りからは拍手で迎えられたが、この中の何人が心から納得しているのだろうか。
その後王宮へ戻り、バルコニーから国民へ挨拶をする。
「笑顔で手を振るだけで良い」
と陛下に言われた為、私は思いっ切りブンブンと手を左右に振った。
すると、バルコニーの下に集まった国民からは笑い声が起こる。あれ?何か間違えた?
そして、私の隣からは『プッ!』と吹き出す声が聞こえたかと思うと、陛下が大笑いし始めた。
「え?何か私、間違えました?!」
と言う私に、
「いや、間違ってはいない。元気な王妃ってのも良いんじゃないか?」
と笑う。………笑うの止めてよ。
その笑顔を見た数人の女性がフラフラと腰を抜かす様に倒れていった。………凄いな。
こうして私は数ヶ月前には想像もしていなかったがこの国の王妃となってしまった。
人生とは何が起こるかわからない。……どうしてこんなことになってしまったんだろう……。