翌日から、私は何故か部屋へ閉じ込められた。いや……言葉が悪かったか。でも事実ほぼ軟禁状態だ。
部屋から出ようとすれば『どちらへ行かれるのです?何か必要な物があればお持ちします』と言われ、食事は部屋へ運ばれる。
アイザックに日光浴をさせたいと言えば、私を取り囲むように護衛が付いて来る。……うんざりだ。
殿下はあれから全く顔を見せない。いや…見たい訳ではないが、ここに無理矢理連れて来たくせに、あんまりじゃないか?
……退屈だ。既にここへ来て三日程が経っていた。
するとノックの音が聞こえ、ロータス様が顔を覗かせた。
「クレア様、退屈されていると思いまして……」
と数冊の本を差し入れしてくれたロータス様に
「お気遣いありがとうございます」
と私は手を出してその本を受け取った。
「………この国の歴史……ですか?」
私は本の表紙に書かれた題名を読んでそう言葉にした。
「え……えぇ。あの……あまり面白そうな内容ではないのですが、王宮には、その………大した本がありませんので……」
と言うロータス様はしどろもどろだ。
「そう……なのですか。いえ、どんな物でも構いません。私、十歳頃から本など殆ど読んでいませんでしたから、嬉しいです」
と私が笑顔になると、ロータス様はホッとした様に微笑んだ。
アイザックと遊んだり、本を読んだり、大勢の護衛に囲まれて庭を散歩したり……。
そんなある日の事。庭を散歩していると、
『ドン!!』
と言う音がしたかと思えば、
「うわぁーん」
という子どもの泣き声が同時に聞こえた。
私は咄嗟に護衛の隙間から、泣き声が聞こえる方へと顔を覗かせた。
すると小さな男の子が花壇に足を引っ掛けたのか、転んでワンワン泣いている。
その男の子を追って来たのか、護衛と侍女がワラワラと走り寄る。
「クソッ。何故この庭に……!」
というロータス様の声が聞こえたかと思うと、彼は私に、
「クレア様、此処で立ち止まって下さい」
と私の足を止めた。アイザックを抱いた私は頷いて、彼の言う通りにその場に留まる。
するとロータス様が、その男の子に付いてきたであろう護衛達に向かって走って行った。
ロータス様の居なくなった場所がポッカリと空いた隙間から、その男の子を取り囲む大勢の大人が見える。
中々泣き止まない子どもとそれを見てオロオロしている大人達……。あの子は誰かしら?
ロータス様は厳しい顔でその内の一人の護衛に何かを言っているようだ。
私が黙ってその様子を見守っていると、その男の子がこちらを見た。
薄い茶色の髪に琥珀色の瞳。あまり日にあたっていないのか、色白の肌は透き通るようだ。
するとその子は、
「あ!!赤ちゃんだ!!!」
と急に泣き止んだかと思えば、大きな声を上げた。
すっくと立ち上がるとこちらへ走り寄る。
その間、大人達はその予想外の行動に時が止まった様に固まっていた。
皆が我に返った時には、その子は私のワンピースのスカートにしがみついて、私を見上げて
「ねぇ、その赤ちゃんは誰?」
と笑顔で尋ねていた。
私が答えようと口を開いたその時、
「ローランド様!こちらに来ては行けないと何度も言われているでしょう?」
とロータス様がこちらに走り寄ったかと思うとその子どもを抱っこした。
すると、その後ろから
「ロータス、その手を離しなさい!誰の許可を得てローランドに触れているのです?」
という女性の声が聞こえた。
ギョッとしたロータス様は直ぐ様その子どもを地面へと降ろす。私もその声の方へと顔を向けた。
「………王妃陛下……?」
と私が小さな声で呟くより早く、ロータス様始め私の周りの護衛も、この男の子に付いてきた護衛や侍女も一斉に頭を下げた。
私も一足遅れて頭を下げようとすると、そのローランドと呼ばれた男の子は泣きそうな顔をして、私の後ろに回り込むとワンピースのスカートの影に隠れた。
そっと覗かせた顔が今にも泣き出しそうで、私は堪らず片手を伸ばし、その子の肩を抱いた『大丈夫だよ』と伝えたくて。
その子が小刻みに震えているのが、私の手のひらを通して伝わる。
……この子は……王妃陛下を恐れているのだわ。そして、さっき呼ばれた名を察するに……
「そこの女。我が息子から手を離しなさい。さもなくばその腕を切り落としますよ」
と静かながらも凄味のある声で王妃陛下が私に近付きながらそう告げる。
その声を聞いた男の子……ローランド王子は私のスカートをますます強く握りしめた。
近付いて来る王妃陛下と私の間にすかさずロータス様が割り込んだ。
「お言葉ですが妃陛下、ここは王太子殿下の宮。そしてここは王太子殿下のお庭でございます。ここへ来る事はご遠慮願いたいと、殿下からも申し伝えられている筈」
と言うロータス様の頬を妃陛下は思いっ切り扇で張った。
『バシン!』と言う音が響き、その音にローランド王子はますます震え始める。
ロータスさまの頬は扇で傷つけられたのか、薄っすらと血が滲んでいた。
王妃陛下は、
「本来なら、ここはローランドの物。薄汚いあの女の血を引く者には相応しくありません。ロータス。貴方、死にたいの?」
と少し目線を下げていたロータス様の顎を扇でクイッと上に向けた。
「何と言われましても、王太子殿下はエリオット様、その人でございます。ここで自由に出来るのは殿下だけ。お引き取り願いたい」
とロータス様は今度は妃陛下の目を真っ直ぐに見て、そう答えた。
妃陛下は面白くない……といった風に扇をロータス様の顎から離すと、『パチン!』と1度打ち鳴らしてから、今度は私を真っ直ぐに見た。
私は片手にアイザックを抱き、もう片方の手でローランド王子を私の背後にそっと押した。
私も彼女から目を離さない。離せば負けの様な気がしていた。
妃陛下は、
「お前が……。なるほど。生意気そうな顔だこと。薄汚いあの女の子どもにはピッタリね。身分の低い者同士お似合いだわ」
と扇で口を隠して笑う。その笑いが私や殿下を嘲るものである事は明白だった。