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第27話

「そんな顔をするな。感情を読めるというのも良し悪しなんだぞ?知りたくない事まで知ってしまう。

色んな女性に会ったが、惹かれる人物には出会えなかった。……お前以外には」


「…………………口説いてますか?」


「勘が良いな。だが、惹かれたというのは本当だ。あの夜、お前は俺のあの顔を見ても嫌悪感を抱いてはいなかったな?」


あの夜を思い出すのは、未だ少し恥ずかしいのだが……。


「コンラッド様は、とても品が良く物腰も柔らかで紳士でした。嫌悪する気持ちなど湧くはずありません。……本当に殿下と同一人物なのかと、まだ疑わしいぐらいです」


「俺だってTPOは弁えている。それにあの時は目立つ訳にはいかなかったからな。……そんな俺に媚薬を飲ませたお前の義理の姉達の気がしれないが」


あの時の私とイライザのコンラッド様を馬鹿にする様な会話は聞こえていなかったのだろう。少しだけホッとする。

そんな私を見て、


「お前は優しいな。すまん。あの時のお前とあの女の会話は途切れ途切れに聞こえていた。だが、あの時の俺には考える余裕などなかったからな。よくよく考えればあの会話の矛盾に気づけたのだろうが……あの夜に限っては不可能だった。しかし、お前が俺を気遣ってくれていた事は理解していたよ。今も……だな」

と殿下は微笑んだ。


「……もしかして、今、ドノバン家の者が捕まっているのは……?」


「あの夜、俺に薬を飲ませたからだ。別にまた飲まされた訳ではないぞ。流石にそんな馬鹿な手に二度も引っかかりはしないさ」

と殿下は笑った。


……では義理の姉達も、あの夜のコンラッド様が殿下だと知ったわけだ。

であれば、私が関係を持ったのも殿下だと気づかれてしまったのだと、私は理解した。


「ところで、お前は王太子妃になりたくない……とそう言ったな」

と殿下が改めて私に尋ねる。


「はい。全ての女性が地位や権力やお金を求めている訳ではないのですよ?」


あまりに自惚れ過ぎでは?という言葉はグッと我慢した。


「そうか。分かった。ではお前を王太子妃にする事は諦めよう。その代わり……王太子妃でなければ受け入れる。そういう意味だという事か?」

と私に訊く殿下に、


「……受け入れなければ、どうなりますか?」

と私は尋ね返した。


アイザックが殿下の血を引いているという事実を殿下以外の人達が知っている……。

そんなアイザックが平民として生きていく事が可能なのか。

私はここにきて、急に不安になってしまった。



「お前が不安に思っている通り、アイザックの立場は非常に困難なものになる。アイザックの存在は直ぐ様王宮の皆の知る所となるからな。王族としてアイザックを守った方が身の為だ」


「…………。もう一度確認させて下さい。私は王太子妃になる必要はないのですね?」


「あぁ。それについては諦めたと言っただろう?お前は王太子妃にならなくて良い。その上アイザックを取り上げるつもりもない。俺の提案を受け入れればお互い幸せになれる」


「では……私は側妃に?」

と言う質問に殿下は答えず、


「さて。アイザックが眠そうにしているな。今日の所は客間を使え。お前と……アイザックの部屋はまた別に用意させる。流石に王太子妃用の部屋を使うのは嫌だろう?」

と殿下は私の背後の壁を指差した。


殿下の部屋の隣が妃殿下の部屋と言う事だろう。私は、しっかりとその問に頷いて答える。


「客間にメイドを寄越すから……」

と言う殿下に、


「今までもずっと自分の事は自分でやってきましたので、場所さえ教えていただければ、メイドの方は必要ありません」

と私は答える。そして、ふと疑問を口にする。


「そう言えば……先程の侍女の方を退出させたのは何故なのです?」

と私が尋ねると、殿下は、


「あぁ。さっきの女か?多分あれは貴族の出だろうが……俺に恋心を抱いていた。あわよくば……と言う下心が透けて見えていたのでな。お前の世話をする事で、俺に近づけるチャンスだと思ったのだろう。本当に面倒くさい」

と笑う。


「おモテになる方は大変なんですね」

と言う私の嫌味に、


「全くだ。まぁ、仕方ない。この地位もこの顔も生まれつき持ったモノだからな。捨てる事は出来ん。これも一種の才能だ」

と平然と言う殿下に少し呆れてしまった。



私はさっき顔を出した副団長と数人の近衛騎士に囲まれて、客間へと移動した。物々しい事この上ない。


慣れない状況に私が恐縮していると、


「申し遅れました。近衛騎士団、副団長を務めるブルーノ・ロータスと申します。以後お見知りおきを」

と一番近くを歩いていた副団長が声をかけてくれた。


「は、はじめまして。クレア……ドノバンです」


久しぶりに自分の名前を『クレア・ドノバン』だと名乗った気がする。自分の名なのに、別人の様で不思議な感覚だ。


「はじめまして……ではありませんね。あのシチューは本当に美味かった」

と人懐っこい笑顔で話しかけてくれるロータス様に、少しだけ私も笑顔になった。

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