「知らなかったとはいえ……なんと言えば良いのか……」
と私が言えば、
「誰も知らない話だ。気にするな。あの日俺がコンラッド子爵を名乗ったのは……何となくだが、意趣返しの様なものだ。……お前の家には何の関係もないのにな、つまらぬ意地を張った」
と殿下は肩を竦めて、
「だからこそ、ドノバン家のお家取り潰しをするつもりはない。お前が俺と結婚するにあたって、面倒な話かもしれないが、身分は必要になる。個人的にはそんな事は気にしないが、周りは放っておいてはくれないからな。黙らせる為にも伯爵令嬢という立場は有難い」
「サラッと殿下は言われましたが、私は殿下と結婚なんて考えていませんし、責任を取って欲しいとも思っていません。……コンラッド様の名で頂いた小切手は、今回、村を出る為に少し手を付けてしまいましたので、いつの日か必ず働いてお返しします」
「金はお前にやったのだ。捨てようが使おうがどうでも良い。だが、これで俺とコンラッドが同一人物だった事は納得出来たか?」
と言う殿下に私は、
「頭では理解出来ました。コンラッド子爵のお名前を使った事を考えても、殿下があの日のコンラッド様だったのでしょう……。今思えば大変失礼な事をしてしまいました。私なんかが殿下のお相手など……」
と頭を下げた。
「お、おい!何故謝る?お前は俺を救ったんだ。……あの時、お前が居なければ俺はどうなっていたか。正直お前の事はドノバン家の使用人の一人だと思っていたが……。調べたらドノバン家には三人の娘が居た。
だが、お前は俺の前から姿を消した。捜す事は諦めた方が良いのかと思っていた所であの村で偶然お前を見つけた。確かめる為にあの宿に宿泊する事に決めたが……間違いなく、あの夜の娘だと確信したんだ」
「急な宿屋の変更はその為に?」
「あぁ。お前を見つけた。本当なら直ぐにでも連れて行きたかったが、公務があったからな。その直後には隣国との小競合い。それが終わりやっとお前を迎えに行けると思ってタリス村へと急いでいる時に隣村でお前を見かけた……大きなお腹を愛おしそうに抱えるお前に、柄にもなく感動してしまったのを覚えてる」
と少し微笑む殿下に、
「感動……?」
と私は首を傾げた。
「そうだ。お前が俺の子を大切に思ってくれていると知れて嬉しかった」
と、はにかむ殿下はやはり美しかった。
しかし……私の気持ちは……?
こんな時こそ私の感情を読み取って欲しい。
冷静に考えて、殿下と結婚する………すなわち私が王太子妃になる、という事だ。
うん。絶対に無理だ。
「難しい顔をしているな。そんなに嫌か、この俺が」
「嫌……と言う程殿下の事を知りませんので。しかし、やはり結婚というのは……」
「何故だ?もう宿屋で働く必要も……お前のそのカバンに入った母の形見も売る必要がなくなるのだぞ?」
私は傍らに置いたカバンに視線を移す。そして、また殿下に向き直ると、
「働く事は嫌いじゃないです。形見の品については……生きていくのに必要であれば母も許してくれると思ってます」
と答えた。
「それはやはり『嫌』だと言っているのと同義だな」
と殿下は少し不貞腐れる。
「嫌なのは殿下ではなく……殿下との結婚。所謂『王太子妃』が嫌なのです。嫌と言うより無理です」
「無理?どうして?」
「どうしてって……。王太子妃って大変なお仕事ですよ?教養も知性も覚悟も全て私には足りていません」
「別にお前は何もしなくて良い。俺の隣で笑っててくれれば」
そんなわけにはいかない。
「…………では、一つ提案が」
と私が人差し指を立てる。
「何だ?」
「側妃……では如何でしょう?」
と私が言えば、殿下は目を丸くした。
「俺の正妃になりたがる女は山程居るが、側妃で手を打たないか?と言われたのは初めてだ」
と殿下は笑い始めた。
何だろう。『正妃になりたがる女は山程居る』って……ちょっと鼻につく。
「というか、きっと殿下に相応しく聡明で控え目なご令嬢もいらっしゃるのではないですか?」
と私はちょっと皮肉を込めてそう言ってみる。
「居ないな。皆俺の見た目と地位と権力に惹かれているだけだ」
……何だろうか、やっぱり鼻につく。
「この国のご令嬢が無理なら、他の国のご令嬢は如何です?殿下なら可能でしょう?世界は広いんですから」
「そう言えば、他国の王女からの縁談もあったが、会ってみると自分が選ばれて当然の様な態度が鼻についた。あんな女はお断りだ」
……そっくりそのままお返ししたい。