「嫌です」
「即答だな」
殿下のプロポーズを秒で却下した私に殿下は困り顔だ。
「よく考えたとしても私の答えに変わりはありませんので。私はドノバン家を捨てた身です。それに……ドノバン家は取り潰されるのですよね?なら尚の事、私では殿下に相応しくありません」
「ドノバン伯爵家を取り潰す様な事はしない。……どれだけ俺を極悪非道だと思ってるんだ?」
「街の噂です。殿下はその……時にとても非情であると」
だから、尚一層、私の中で目の前の殿下とコンラッド様の姿が重ならないのだ。コンラッド様は物腰も柔らかく、品が良かった。……それに、あんな極限状態であっても、私を傷つけまいと気を遣ってくれていたのは覚えている。服は破かれてしまったが。……思い出すと顔が赤くなりそうなので、私はその思考を頭から追いやった。
「さっき言った通り、俺は皆の腹の中がわかる。例えば側近として俺に侍っていたとしても、裏切り者はわかるんだ。言っとくが俺が殺すのは俺に殺意を抱いている者だけだ。嫌悪感ぐらいで命を取る訳じゃない。そうだなぁ……一つお前に話をしよう。俺が名乗ったスティーブ・コンラッドという名前だが……コンラッドというのは俺の母親の生家だ」
と言った殿下は複雑そうな表情をした。
コンラッド子爵……私がマチルダさんから聞いた話とこの国の愚かな側妃の話が重なっていく。
「お前も俺の母親の話は知っているな?」
「昔……耳にした事が有ります。陛下がまだ王太子殿下であった頃、学園で出会ったご令嬢と恋仲になったと。しかし、殿下には婚約者……今の王妃陛下がいらっしゃった。どうしても殿下と結婚したかったそのご令嬢は……」
私がその先を言い淀んでいると、
「殿下を誑し込んで伯爵家の養女になった挙げ句正妃の妊娠を待たずして側妃にちゃっかりおさまった強欲な女……と専らの評判だった。
しかも……正妃の妊娠が判明した事で嫉妬に狂って正妃が流産するように仕向け幽閉された後……病気で死んだと言われてる」
と殿下はこの国で国民が広く知っている話を改めて口にした。
私はその話を否定も出来ず、静かに聞いた。しかし……マチルダさんの話を聞いた今の私は……私の聞いていた噂が間違いだったのかもしれないと、そう考えていた。
「実は……ここに連れて来られる前にコンラッド子爵家に仕えていたという人物に偶然助けていただきました。その時、コンラッド子爵のご令嬢のお話を少しお聞きしたのですが……まさかご側室の生家だとは。世間の噂とは全く違う……私が聞いたあの話が殿下のお母様の本当の話……?」
と私が口にすると、
「そうか……。その人物がお前とアイザックを助けたと……。不思議な偶然があるものだ。
では、多分その者も知らない話をしよう。……母には想い合っていた婚約者が居た。学園を卒業したら結婚する予定で。コンラッド子爵領は小さな領地だが長閑で平和な領だ。そこをその婚約者と共に守って生きていくのだと、母はそう考えていたんだ。……学園であの男に会うまでは」
あの男……それが陛下である事は言われずとも理解できた。
「勝手にその男に懸想された母は騙し討ちの様な形で伯爵家へと養女に出された。全てはあの男が仕組んだ罠だ。母は婚約者の命までも盾にされ、為す術がなかったのだろう……酷い話だ」
殿下は淡々と話しているが、その言葉には怒りが籠もっている様に見えた。……気持ちを読めない私でも分かる程に。
殿下の話は続く。
「正妃の不妊もないのに、側妃を迎えたその男は程なくして国王になった。側妃の生家が犯罪者では問題だとコンラッド子爵家は取り潰され、その存在を消された。側妃は結婚して一年で王子を身籠って出産を。……それが俺だ。母は明るく優しい女性だったが、彼女には誰にも言えない秘密があったんだ」
「秘密……」
私の頭に一つの可能性が思い浮かぶ。
「俺のこの能力は母から受け継いだものだ。
母はこの王宮で常に悪意にさらされ続けた。感情が見える母にとって、それは想像以上に辛い日々だったに違いない。そしてそれは母の精神を蝕んだ。正妃の流産?そんなものは存在しない。正妃は妊娠すらしていなかったが、医師と結託した正妃は架空の妊娠で架空の流産をしたというわけだ。……全てを側妃のせいにして」
「そんな………」
私が絶句していると、
「それでも国王は側妃を庇った。幽閉などとんでもないと。その過剰な愛情は、正妃の憎悪をますます増長させ……母はそれに耐え切れず自ら命を絶った。俺が七つの時だ。
そしてそれは王宮内で秘密裏に処理された。公表では病死となってな」
そう告げた殿下の顔は寂しそうだった。