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第24話


アイザックは私の勢いに青い瞳をまん丸にして私を見ている。………瞳の色は殿下と同じ深い海の色だ。


「とりあえず座ってくれ。それと……もう一つ。お前には礼を言う。毒にも媚薬の類にも耐性を付けていた筈だが、あの時の俺は体調が思わしくなかった。過剰に身体が反応してしまった事で、お前には迷惑をかけた。

こうして俺が今生きているのは、お前のお陰だ。ありがとう」

と殿下は私に微笑んだ。………その笑顔は流石に私の胸をときめかせる。……美男子って得だな。


私はもう一度腰掛けながら、


「……コンラッド様と殿下では……顔が違います」

未だに殿下の話を信じていない私は、この際とことん話を聞こうと腹を決めた。


「あ~あれはな『かぶれ』だ。ある特殊な植物でかぶれてしまった。顔は腫れ、赤い発疹が痘痕のように顔一面を覆った。その時にふと、ドノバン家から送られた招待状が目に入ったのだ。

俺が婚約者を決めなかった理由はな、正直、この特異体質のせいだ。迫ってくる女共の欲望が透けて見えてしまう。……反吐が出そうだった」


殿下って顔は良いのに、言葉遣いが悪くないかしら?王族なのにこれで良いの?


「殿下の立場を考えれば、それは仕方ないのではないですか?」


「わかってるよ。それでも俺の顔と立場だけに群がるご令嬢達に辟易していた時に、招待状が届いた。最初は呆れたよ。たかが中流の伯爵家の夜会に、まさか俺を招待しようと考えるとはな。側近が捨てようとしていたのを面白がって俺が置いておいた物だが、これは使えるんじゃないかと思った」


「どういう事ですか?」


「俺の立場も容姿も関係なく、俺の中身を見てくれる女性に出会えるかもしれないとな。しかし、招待客は独身の男性か、婚約者の居る男女だけ。正直、がっかりした」

と肩を竦める殿下に若干イラッとしてしまう。

だって、自分の顔が良いのを自覚してるんだもの。ちょっと嫌な奴よね。殿下って。


「お前、今俺に嫌悪感を持ったな?」


……気持ちを読むのを止めて欲しい。


「まぁ、いい。その上ドノバン家の二人のご令嬢は俺に明らかな不快感を示した。それは気持ちを読めなくても分かる程にな。まぁ、こんなものかと思ってやけになって飲んだ酒にまさか媚薬が入ってるとはな。完全に俺のミスだった。そこからはお前の知っている通りだ」


「髪の毛は……」


「煤で少し汚した。いい感じだっただろう?」


……良い感じとは何なのだろう。結局楽しんでいたって事?媚薬で死にかけたくせに。


「王太子殿下は王族のくせに、油断し過ぎなのではないですか?不用意に毒見をしていない物を口に入れるなどと……」

と私が不快感を顕にすれば、


「あぁ、すまない。俺の態度が悪かったな。お前が見つかった事が嬉しくてつい。

……お前には苦労をかけた。一人で子どもを産み、育てる事は大変だっただろう。しかし、もう心配はいらない。これからは俺も一緒だ」

と殿下は素直に謝った後、そう言って一人で納得している。……どういう事?


「えっと……どういう意味でしょう?」


「どういう意味も何もないだろう。あの日、夜明け前にお前が屋敷を出ていくのを見て、本当は追いかけたかったが……あの場から逃げ出す程に俺との……その……行為がショックだったのだと思うと足が動かなかった」


そう言って俯く殿下を見つめる……だから、答えになってないってば。

しかし、殿下はそのまま続けて、


「しかし、あの村でお前を見かけた時、やはり運命だったのだと思った。お前の中に別の色が混ざっているのを見て…もしかすると妊娠しているのかもしれないと考えた。すぐにでも迎えに行きたかったが、隣国との小競合いが続いてなかなか動けなかったんだ。すまないな」


「……あの夜の事は、不可抗力です。あの時コンラッド様を助けた事を後悔した事はありませんし、アイザックを授かった事も幸せでしかありません。……しかし、あくまでもアイザックは私の子どもです。殿下のお手を煩わせるつもりは……」


「………俺の事、やっぱり許せないのか?」

と暗い表情で尋ねる殿下。


……許すとか許せないとか考えた事もないし、コンラッド様=殿下という事実を未だに受け入れられていない私には難しい質問だ。


「いえ。そういう事ではありませんが、私はアイザックと二人で普通に暮らしていければそれで良いのです。……もし殿下がアイザックを欲しがっていたとしても、私は渡すつもりはありません」


「ま、待ってくれ。お前からアイザックを奪うつもりなどない。……ちょっと待て」

と殿下は徐ろに立ち上がると別の部屋からワインを持って来て自分でグラスに波々と注ぐと、それを一気にグイッと飲み干した。そして、


「クレア、俺と結婚してくれ」

と私の目を真っ直ぐに見てそう言った。


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