私は肩に置かれたその手を自分の手で払いのける。そして、自ら長椅子へと腰掛けた。
「気の強い女だな」
と苦笑する殿下は私の向かいに腰掛けると長い足を組んだ。
「さっさと説明して下さい」
と私が睨めば、殿下は
「お前がカッカすると、アイザックにそれが伝わるだろう?まず落ち着け」
と言うが、正直全く落ち着けない。今にも斬りかかられるのではないかと身構えてしまう。
すると、ノックの音が聞こえ、副団長と一人の侍女がやって来た。
「エリオット様、こちら侍女のメアリーです」
と副団長が自分の半歩後ろの侍女を紹介した。
その侍女を見て、殿下は、
「………ダメだ」
と一言そう言った。副団長は、
「では、改めて他の者を捜して参ります」
と頭を下げる。ダメだと言われたメアリーと言う侍女は、納得がいかないのか少し不貞腐れた様な表情だ。
殿下は立ち上がり執務に使う様な机の上の紙に何かを書くと、
「この女性を連れて来い。住んでいる町はそこで間違いない筈だ」
と副団長に手渡した。副団長は、
「畏まりました」
と頭を下げて、そのメアリーと言う侍女を連れて部屋を出る。去り際に何故かその侍女に睨まれたのだが、私は知らん顔をした。
「くそ。あの侍女に茶だけでも淹れさせれば良かった」
とまた私の向かい側に腰掛けながら呟いた殿下に
「お茶なら、私が淹れますけど」
と私は言って立ち上がった。
用意された茶器でお茶を淹れ、二人分テーブルへと置いた。もちろん私だって喉が渇いているのだ、飲んだって構わないだろう。
再度、長椅子に腰掛けた私は一人で座らせていたアイザックを抱えて膝に乗せた。
「警戒を解け。アイザックが俺を睨んでいる」
と苦笑する殿下に、
「この状況では無理です。さっさと説明をお聞かせ下さい」
と私はぶっきらぼうにそう言った。
「フッ。アイザックはお前の気持ちを読むのが得意だろ?こんな小さな赤ん坊なのに。不思議に思わなかったか?」
「……どうして殿下にそれが分かるのです?」
「それは、俺と同じだからだ。俺は人の気持ちが読める」
と言う殿下の言葉に、私は咄嗟に自分の口を押さえた。心の声が漏れたりしてないわよね?
「ハハッ。口を隠しても無駄だ。別にお前が何かを呟いた訳ではない。それに気持ちが読めると言ったって、言葉で何かが聞こえるという訳でもない。何と言えば伝わるか……そうだな、
……この人、何を言ってるのかしら?頭……大丈夫?
私がそう考えていると、
「疑ってるな。まぁ、信じられなくて当たり前だろうが、俺はこのお陰で命拾いをしてきた。その反面、嫌な事も多いがな」
と殿下は私の淹れたお茶を一口飲んだ。
「私の淹れたお茶を、そんな無防備に飲んでも良いのですか?毒見は?」
と私が尋ねれば、殿下は、
「お前から殺意は感じない。警戒心は感じるがな」
と言って、また一口お茶を飲む。そして、
「お前も飲んだらどうだ?美味いぞ?」
と言って少し笑った。
「殿下の特異体質については、正直信じ難いと言うのが本音ですが、今はそれについては置いておきまして……それとアイザックとに何の関係があるのでしょうか?もう少し分かりやすく説明していただけませんか?」
「俺も、赤ん坊の頃はアイザックと同じ様だったらしい。まぁ、俺には記憶はないが、母親がそう言っていたな」
………答えになっていない。
「あの……私の質問に答えて下さい。私が知りたいのは、私とアイザックがここに連れて来られた理由です。ドノバン家の事で処分を受けるのではないとしたら、何なのです?
殿下のその………不思議な能力を私に教える為ですか?」
私は少しイライラしてついトゲトゲしい物言いになってしまった。
「端的に言おう。アイザックの父親は俺だ」
………………は?私、耳が悪くなったのかしら?
「すみません……私の聞き間違いかもしれませんが、アイザックは貴方の子どもじゃありません。強いて言うなら、私の子どもです」
コンラッド様の事を殿下に言うつもりもない。
アイザックは私の子どもだ。他の誰の子どもでもない。
しかし、殿下はそれについては何も言わず、続ける。
「『スティーブ・コンラッド』と言う名前に覚えがあるな?」
と、不意に殿下の口からコンラッド様の名前を聞かされ、私は動揺してしまった。
「……………」
私が何も答えられずにいると、
「スティーブ・コンラッドという人物は存在しない。あの夜、あの夜会にその名前で参加したのは俺だ」
と殿下は言った。
………………は?コンラッド様が王太子殿下?いやいやいや、コンラッド様と殿下では顔が全く違う。いや違いすぎる。髪の毛の色もこんな綺麗な金髪ではなかった。確かに……瞳の色だけは同じだが。
「殿下の仰っている意味がわかりません」
「本来なら……まずお前に謝らなければと思っていた。あの夜、俺はお前に助けられた。その……お前にとってはあの行為は不本意だっただろうし……その、お前は初めてだっただろうし……や、優しくも出来なかったし……俺だけが……その、満足して……」
殿下が少し頬を染めながらとんでもない事を言い出した。
「ストーップ!!!ちょ、ちょっと待って下さい。な、何を言ってるんです?あ~、私にはさっばり、何の事だか……」
と私もしどろもどろになっていると、
「とにかく!すまなかった!」
とガバッと殿下は頭を下げた。
「だ、だから何の事を言ってるのか、私にはわかりませんし、殿下に謝っていただく義理も御座いません!」
気づけばアイザックを抱いて私は立ち上がっていた。