「それでさ、漣はその噂、もちろん否定してくれたんだよね?」
俺と栞にそんなご利益がないことくらい漣だってわかって──
「いや? むしろ俺も納得したけど?」
──なかった。
「なんでよ?!」
「いやぁ、それはほら、俺とさっちゃんもご利益受けてるかもって思ったし。ねぇ、さっちゃん?」
漣はいつの間にか近くに寄ってきていた橘さんに同意を求める。
「そうだよね。私達、二人と仲良くなってからすごくうまくいってるしね」
「だからその俺達が否定するのは違うかなって思ってる」
漣の顔がいつになく真面目で、本気で言っているのがわかる。わかるだけに頭が痛くなる。
「それは俺達関係ないでしょ……」
全く関係ないことはないかもしれないけれど、受けてるのはご利益じゃなくて影響だと思う。特に橘さんが。漣はなんというかあんまり変わっていない。だからたぶんうまくいっているのは橘さんの頑張りのはずだ。
「ねぇ、涼? 私はそこまで必死に否定しなくていいと思うよ?」
今まで思案気に黙っていた栞が言う。
「栞まで?! また握手とかさせられるかもしれないよ?」
「それくらい別にしてあげたらいいじゃない。だって、それだけ私達が幸せそうに見えてるってことでしょ?」
「そうかもしれないけどさぁ……」
「さすがに握手した後でご利益ないじゃんとかって絡まれると困っちゃうけど、なんか後押ししてあげてるみたいでよくない?」
「……確かに?」
栞の言葉にあっさりと納得してしまっていた。
実際にご利益があるのかないのかは問題じゃないのか。恋愛に限った話じゃないけれど、何事も最初は勇気がいるんだ。
告白するにしてもそう。俺達の場合、栞が勇気を出して告白してくれたから今がある。いや、栞がしてくれなくてもいずれ俺からしていただろうけどさ。でもその場合はもう少し歩みは遅かったはず。
まずは動かなければ始まらない。たぶん栞はその手助けができるのなら、それは素敵なことだと言いたいんだと思う。
ってことは、あれ? じゃあ別に放っておけばいいのかな?
でもなんでこんなことになってしまったのかくらいは知りたいんだけど。そんなことを考えていると、最適な二人が順番を終えて戻ってきた。
「ふーん? なんか面白い話してんじゃん」
「なになにー?! ご利益がどうとかってなんの話ー?」
次は漣と橘さんの番なので遥と楓さんが入れ替わりで座る。俺は聞いたばかりの話をそっくりそのまま話すことに。
「──ってことなんだけどさ、なんでこうなったのか調べられないかな? 二人とも、顔広いでしょ?」
「おう、いいぞ調べてやるよ」
遥があっさりと引き受けてくれたわけだが、
「彩、任せたぜ!」
そのまま丸っと楓さんに丸投げした。
「ちょっとー! なんで私が?! 遥もやってよ!」
「だって顔の広さで言えば彩の方が広いだろうが。お前部活にも入ってないくせによそのクラスにも知り合いいるし」
「いるけどっ! 面白そうだからやってもいいけどっ! なーんか腑に落ちなーいっ!」
「ごめんね、彩香。私もそこは気になるからお願いできるかな?」
「もーっ! しおりんに頼まれたら断れないじゃん! いいよっ、やったげる! 名探偵彩香に任せなさいっ!」
そんな経緯で調査は楓さんに依頼するという形でまとまった。最後に遥が「迷う方の探偵じゃなきゃいいけどな」と言って頭を叩かれていたのはまぁいつものことだ。
いい加減余計な事を言うのやめたらいいのにとも思うが、おそらく遥のこれはクセというか小さい頃から楓さんといて身についてしまった条件反射的なものなのだろう。
それからボウリングの参加者全員には握手くらいならいつでもするからと伝えたので、これでようやくゲームに集中できそうだ。
と思った矢先のこと。
「じゃあ高原君、私達とも握手しましょうか」
そう声をかけてきたのは連城先生だった。
「……先生まで噂のこと信じてるんですか?」
「まさか。と言いたいところだけど、あなた達見てるとあるかもって思っちゃうのよねぇ。それにさっき黒羽さんも言ってたでしょ、後押しって。むしろ私はそっちをお願いしたいのよ」
「後押しって、なんのです……? 先生はもう結婚もしてるし、他になにかあります?」
「んー……。実は今ちょっとだけ迷ってることがあってね。その決断の、かな。詳しくは全員が集まる三次会で話すわ。で、握手、してくれる?」
「別にいいですけど……」
「じゃあ、はい。あと、まーくんもね」
「悪いね、高原君。よろしく頼むよ」
先生まで噂に乗っかる意味はわからないけれど、後で話してくれるそうなのでさくっと握手を済ませた。当然、その後で栞とも上書きという名の握手をしたのは言うまでもない。
ボウリングを2ゲームした後は、二次会のカラオケへ。そこからの参加者もいるのでまた施設入り口付近で待つ。
ここで噂と言うものについて少しだけ考えてみようと思う。
噂をすれば影がさす、人の噂も七十五日、噂に尾鰭がつく、と噂に関することわざは数多い。
噂をすれば影がさすはひとまず置いておく。次に俺達の噂が七十五日で消えるのかどうか、これも時間が経たないと分からないので置いておく。
というわけで現時点においては尾鰭がつかないかどうかが問題であり、そしてその問題はあっという間に現実のものとなった。
カラオケからの参加者の一人が俺と栞の顔を見るなり言ったんだ。
「ねぇっ、高原夫婦と握手すると成績よくなるって本当っ?!」
って。
いやいや、尾鰭がつくのが早すぎるでしょ!
先日握手を求められた時、すでに噂が始まっていたとしても早すぎる。
栞は学年トップだし、俺も栞のおかげで上位に入れるようになったし、試験の順位表も張り出されてたからそういう話になるのもわからなくはないけどさ……。
これには握手じゃなく言葉を贈りたい。
『それは自分で努力して勉強しろ!』と。
この後どんな尾鰭がついていくのかを考えて、頭が痛くなる俺なのだった。