「ちょーっとしおりん?! なにしてるの?!」
「あっ! 嬉しくって、つい……。えへ、えへへ……」
楓さんの指摘で唇を離した栞は照れたように笑う。
「高原君も高原君よ?! なーに普通に受け止めてるのよっ?!」
「条件反射で、つい……」
俺には連城先生から。俺は俺でキスをされると同時に栞を抱きしめていたらしく、先生のジト目が痛い。
でもしょうがないとも思うんだ。栞からのキスを受け止めないなんて選択肢、俺にあるはずないんだから。
「二人揃ってついって……あなた達はまったく……!」
「でもなぁ、こいつらならこうなるよなって感じはするよな。なぁ、日月?」
「だよなぁ」
遥と漣は若干呆れ顔をしているものの、いつものことと思っているらしい。
ちなみに橘さんは顔を赤くして、
「あわわ……栞ちゃん、大胆だよぉ……」
と呟いている。各々の反応もいつも通りって感じだ。
「あはは……。茜の生徒さんは皆楽しい子ばかりだねぇ……」
「これ……楽しいで済ませていいのかしら……?」
「まぁそれはいいんだけどさっ!」
あ、いいんだ……?
俺としてはやりすぎた自覚もなくはないんだけど。
とにかく楓さんがなにやら言いたげに栞を見る。
「ねぇしおりん? ボウリング、初めてって言ってなかった?」
「うん、初めてだよ?」
「じゃあ……なんでいきなりストライク出してるの?! しかもなんか投げる姿が滑らかっていうか、綺麗っていうか」
それは俺も気になっていたところだ。代わりに楓さんが聞いてくれたので栞の答えを待つことに。
「ビギナーズラック……だとは思うけどね、でも一応予習だけはしてきたから」
「「「「「「「予習?!」」」」」」」
その場の全員の声が重なった。
「えっと栞……? 予習って、なに……?」
「そりゃボールの選び方とか投げ方とか、そういうのだよ?」
さも当然のように栞が言うので面食らってしまう。栞が真面目なのは知っているけれど、まさかそれがこんな遊びにまで適用されるとは思っていなかったのだ。
「……あ、あれ? 私、変かな……?」
「ううん。変じゃ、ないよ。たぶん皆栞はすごいなぁって思ってるだけだよ。ね?」
俺は少しだけ圧を込めて皆の顔を順に見ていく。誰にも栞のことを変だとは言わせない、そんな思いを込めて。
だってさ、すごいじゃん。何事にもそれだけ全力で取り組んでるってことなんだからさ。
そして、そんな栞はとっても可愛いじゃん?
おかげで一同タイミングをそろえて首を縦に振ってくれた。
「ま、まぁなんにせよだ。黒羽さんのストライクが最初みたいだしな、盛り上げ要員つーことで全員ハイタッチいっとくか?」
「そういえばそんなこと言ってたね。なら……まずは、りょーうっ?」
栞が両手をあげたので、俺もそれに応える。
──パシンっ
なかなかいい音がした。
「はいはいっ! 次は私ー!」
続いて楓さん。それから栞は次々にハイタッチを交わしていく。
「おーい、皆っ! 黒羽さんがストライク出したから、ハイタッチがいくぞーっ!」
他のレーンにいるメンバーには遥が叫んで知らせてくれた。栞は俺達から離れて他のレーンでもハイタッチをしていく。総勢24人、つまり栞は23回ハイタッチをすることになる。
「黒羽さん、すげー……」
みたいな声がいくつも聞こてくる。俺達のところよりもゲームが進んでいるらしいガチバトル勢もスペアはあるものの、まだ誰もストライクを取ってはいないようだ。
そして、
──あれ? これでここにいる全員、黒羽さんとは……。
──ってことはさ、あとは高原君がストライクを取れば……?
──……じゃあ、なにがなんでも高原君に頑張ってもらわないとじゃん。
──私達全然ダメダメだもんねぇ……。
そんなざわめきまで。
俺が、なんだって……?
とは思ったものの、一周した栞が俺のところに戻ってきて、再び両手をあげる。
「りょーうっ! もう一回っ!」
「えっ、うん」
再びハイタッチを交わすと栞はご満悦そうに笑う。
「あーっ、楽しいっ!」
「良かったね、栞?」
「うんっ!」
栞が楽しそうなのはいいことだ。そんな顔を見るとざわめきのことなんてあっという間に頭から抜け落ちてしまう。
のだが──
「んじゃ次は涼の番だな。黒羽さんので期待が高まってるからな、ビシッとキメてくれよ?」
遥のこれは癖なんだろうか、またバシバシ背中を叩かれた。
「いやっ、無理だって! 俺も初めてだし予習とかしてないし……」
「そんなこと言って、黒羽さんが見てるぞー? 格好いいところ見たいってな」
「漣さぁ……それ、自分にも刺さってるからね?」
「そんなことわかってるんだよ! いいから早くやれ!」
漣にまで背中を叩かれるハメになった。
どうしてこう、皆して俺の背中を叩きたがるんだか……。怪我はだいぶ治ってきてるからいいんだけどさ。
まぁでも、
「涼っ! 頑張って!」
栞がキラキラした目で見てるからね。ここは張り切って──
って……あれ? なんで全員俺のこと見てるの……?
なぜか他のレーンのメンバーも手を止めて俺に注目していた。
そんなに見られるとやりにくいのだけど?
「涼、どうしたの?」
「あ、あぁ、うん」
俺が投げないと全員が止まったままみたいだし、さっさと済ませてしまうことに。
「えっと確か……」
栞はこんな感じで……。
つい今しがた見た栞の動きを真似してみる。まずは右足からで五歩、それに合わせて腕を引き上げて降ろすと同時にボールを放す。
でも所詮は見様見真似、理屈まで理解しているわけではない。俺が放ったボールは狙いよりも左に逸れていき──
──パコンっ
ちょっと情けない音を立てていくつかピンを弾き飛ばした。
その瞬間、俺を見守っていた数人が崩れ落ちる。
──くっ……さすがに一投目からは無理かっ……。
──ま、まだチャンスは……。
──お願いっ、高原君頑張って……!
また謎のざわめき。
「ねぇ、なんなのこれ……?」
さっきは聞き流してしまったけれど、さすがに気になってしまう。俺の投球一つでここまで落胆されると、ね。
「さぁ……?」
栞は俺と同じでわからないらしい。もし栞が知っているのならおそらく俺にも話してくれているはずだから当然だろう。
「あー、これな。高原は知らないのか。説明してやるから、とにかく次投げちゃえよ」
「……わかったよ」
どうやら漣は答えを持っているらしい。それを聞くべく、二投目はさくっと投げて終わらせた。ちなみにボールはさっきと同じコースを辿り、一本も倒すことなく終わった。
待機スペースに戻り、漣の隣に腰を下ろす。俺の隣には栞もやってくる。
「で、なんなの?」
「えーっとな、驚かずに聞けよ? といっても俺もさっき知ったばっかりなんだけどさ」
「それは内容しだいでしょ」
「んー、まぁいいや。集合場所で待ってた時にさ、黒羽さんの妊娠疑惑が出る前かな、皆が話してたんだよ」
「……なんて? そんなにもったいつけなくていいから早く!」
子供がどうとかはすでに誤解が解けているから、そんなことはもうどうでもいい、早く答えが知りたかった。
「そう焦るなって。で、高原と黒羽さんの両方に触れると、恋愛が成就するとか、恋人がいる場合でもその関係がうまくいくようになるとか、今学校内でそんな噂があるんだってさ」
「「なにそれ?!」」
俺と栞は耳を疑い、揃って驚きの声を上げた。
いや、こんなの驚くなって方が無理があるでしょ。なんで俺達が知らないうちにそんなことになってるの?
「あっ、そういえば……!」
そこで思い出したんだ。数日前の朝に昇降口で握手を求められたことを。
『黒羽さんには、触れたよ?』
あの先輩の言葉が脳内に蘇る。あれはきっとそういうことだったんだ。