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第222話 楓さんの剛速球

 各自シューズをレンタルして、遥と楓さんの采配によって決まったレーンに分かれることに。


 総勢で二十四人参加ということで綺麗に四人ずつの六レーン。そのうちの一つは本気で勝負をしたい人達がまとめられたらしい。


 俺はというと、当然のようにいつものメンバーで固められたレーンに割り振られている。


 俺と遥と漣、そして連城先生の旦那さんである真守さんを加えた四人で一つのレーン。その隣のレーンに栞と楓さんと橘さん、そして連城先生。

 栞と同じじゃなくて残念なところではあるが、待機用の座席は隣のレーンのものと向かい合わせになっているのでまぁいいだろう。


「よーし! んじゃ始めるぞ! さっきも言ったが皆今日は楽しめよー! ストライク取ったら全員にハイタッチして回るとかさ、とにかく盛り上がっていこうぜー!」


 全員がボール選びを終えたところで遥が宣言をする。


 ──全員と、ハイタッチって言ったか……?


 ──ってことは当然……?


 ──俺、絶対一回はストライク出すわ!


 ──わ、私だって……!


 そんなざわめきが聞こえてくるが、とにかく和やかな雰囲気の中ゲームが始まった。一部はガチバトルなわけだけど。


「さーてっ! まずは私からだねっ!」


 そう言って席を立ったのは楓さん。ボールを片手に意気揚々と投球スペースへと向かう。俺達のレーンの最初は遥のはずだが、遥は座席に座ったまま動こうとしない。


「あれ? 遥は行かないの?」


「一応隣のレーンと同時に投げないのがマナーだからな。守ってねぇやつも多いけど、あぶねぇからさ。特に──」


 遥は楓さんに視線を向ける。


「あぁ、そういうこと」


「おい、涼。なにか勘違いしてるだろ?」


「勘違いなの? 楓さんの投げるとこ、見てたいって意味でしょ?」


「ちっげぇよ! ってまぁこれは口で言うより見てもらった方が早いな……」


 遥はそれだけ言うと黙ってしまった。


「……どういうこと?」


「高原、見てればわかるって。俺も最初見た時は驚いたから」


 代わりに答えたのは漣だった。意味はよくわからないけれど、そこまで言うのならと見守る姿勢をとることに。


「彩香、頑張って!」


「彩ちゃん、いっけー!」


 栞と橘さんの声援を背に楓さんが投球に入る。思いっきり助走をつけて、ボールを放った。


 楓さんの手を離れたボールはものすごい速度でレーンの上を滑っていき────




 ──ガッコン!!




 これまたものすごい音を立ててガーターへと吸い込まれていった。


「……あ、あれ?」


 楓さんの運動能力ならもちろんボーリングだってそれなりの腕前なのだろう、それが俺の予想だったのだが。


「くっ……。今のはおしかった……!」


 いやいやっ、全然おしくなかったよね?!

 レーンの半分もいかないところでガーターになってたよね?!


 たぶんこの感想は皆同じだったようで、栞をはじめ橘さんも先生夫婦もポカンとした顔で楓さんを見ていた。


「つ、次で全部倒せばいいんだからっ!」


 楓さんはそう言うと再び投球に入る。だがまた楓さんの手から放たれた剛速球は無慈悲な音を立ててガーターに突っ込んでいった。


 その結果に楓さんはしょんぼりと肩を落として戻ってくる。


「彩香ってもしかして、ボウリング、下手……?」


「へ、下手じゃないもんっ! 今のは手元が狂っただけっていうか、そうっ、調子が悪かったのっ!」


「彩ちゃん、さすがにそれは苦しいよ……? 今のはどう見ても……」


「…………。うわーんっ! どうせ下手だよーっ! スコア20も出れば良いほうだよっ!」


 本気で泣いてはいないだろうけど、楓さんは栞の胸に飛び込んで、栞は困り顔でその頭を撫でた。


「な? わかっただろ? あいつが投げるとたまに隣のレーンにまでボールが飛んでくんだぜ……」


「あー、うん。でもこれは予想外だったかなぁ」


「んなことねぇよ。あいつ、身体能力は高いくせにコントロールが苦手なんだよ。球技全般、というか道具を使うとあんな感じだぞ」


「……そうなんだ」


「その延長で俺は毎回抱き潰されそうになってるわけだ」


「なるほどね……」


 まさかバイオレンス気味な楓さんの愛情表現の裏にそんな事情があったとは。きっとそれプラス遥への愛情のせいで制御がきかなくなっているんだろうね。ぜひ遥にはそれに負けない身体作りをしてもらいたいものだ。


「さてと、今度は俺だな。おい彩、よく見とけよ。お手本ってもんを見せてやるからさ。って言っても、お前は毎回変わんねぇけどな」


「うっさい、遥! 後がつかえてるんだから早くしなよね!」


「わーったよ」


 遥は気負った様子もなく軽くボールを投げる。そのボールはレーンの中央を真っすぐ進み──



 ──パッカァーーン!



 と、小気味よい音を立ててピンをなぎ倒した。スコア表には⑧の文字が表示される。


「ぷぷっ。遥だってスプリットじゃん!」


 スプリットの意味がわからなかった俺、こっそり漣に聞くと離れた位置にピンが残った状態だと教えてくれた。


「くっ……。いいんだよ、次で倒せば……!」


「ふーん? 遥にそんな繊細なコントロールができるのかなぁ?」


「うっせ! 見てろよ……」


 遥の二投目、またもや真っ直ぐに放たれたボールは残されたピンの間を素通りしていった。


「ほーら、取れなかった! 遥も人のこと言えないねっ!」


「ゼロよりましだろうが!」


「なにおうっ!」


 だんだんと喧嘩の様相を呈してきたところで先生が止めに入る。


「はいはい、喧嘩するほど仲がいいのは結構だけど、本当に喧嘩するんじゃないの! あなた達が楽しめって言ったんでしょっ!」


 珍しく(?)教師っぽくお説教をする先生に二人とも黙り込む。それでもお互いにキッと睨み合いが続いているのだが。


「まったくもう……。せっかくまーくんも来てくれてるっていうのに」


「まぁまぁ、茜もそれくらいでね。僕は賑やかで楽しいよ」


 そう言いながら真守さんがそっと先生の頭に手を置く。


「まーくん、優しい……」


「それは茜がいつも頑張っているのを見てるからね」


 なぜか急に甘い空気を醸し出し始めた先生夫婦を見て遥と楓さんも睨み合いをやめた。


「……ごめんね、遥」


「俺も、悪かったよ……」


 なんかよくわからないけれど、無事に解決したみたいだ。楓さんのボールも剛速球なら、仲直りも剛速球レベルに早いらしい。


「ねぇ、涼? 私もっ!」


 いつの間にか俺の隣には栞が座っていて、俺に頭を向けてくる。先生夫婦を見て、自分もしてほしくなってしまったってところだろう。


「栞はしょうがないなぁ……」


 もちろん心を込めて丁寧に撫でさせてもらった。


 そんなこんなで再開されたボウリング、楓さんを除いて腕前は皆似たりよったりのようだ。先生夫婦も昔はよくやっていたそうだが、ブランクのせいかうまくいかないらしい。


 そして、初の栞の順番が回ってくる。俺と栞は初めてということで、それぞれ一番最後にされていた。


「ちょっと緊張するかも……」


 立ち上がった栞がボールを手に呟く。


「大丈夫だよ。栞は初めてなんだから下手でも俺は笑ったりしないよ」


 どうせ俺も下手だろうしね。


「それはわかってるけど……。とにかくやってみる!」


「怪我だけはしないようにね?」


 ボールを足の上にでも落としたら大変だから、一応注意しておく。俺は栞に対しては心配性なんだ。


「うん、気を付けるね! ……よしっ!」


 気合を入れて栞がボールを構える。


 そこで俺は違和感を感じたんだ。


 なぜか様になってるなって。

 もちろん俺は正しい投球フォームなんて知らないんだけどさ。


 右足から踏み出した栞はボールを後に引きながら歩を進める。二歩、三歩と進んで五歩目、振り上げたボールをそっと置くように放つ。


 そこまでの速度はない。コロコロとゆっくりとレーンを転がって──




 ──コンッ





 軽い音がしてトップのピンが倒れる。ボールは止まることなくその奥のピンも押し倒して、押し倒されたピンが隣接するピンをも倒していく。


 誰もが呆気にとられてそれを見ていた。投げた本人の栞でさえも。


 スコア表のディスプレイには『STRIKE!!』と表示されていた。


「えー……栞、すっご……」


 そう呟いた俺のもとに栞が駆け寄ってくる。


「涼っ! ストライクだってー! ねぇ、見てた?!」


 そのままの勢いで飛び付かれて、俺は感情の昂った栞に思いっきりキスをされたのだった。

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