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第221話 再びの誤解

 食事を終えた俺達はファストフード店を後にして、打ち上げの集合場所である施設入り口へと向かっているところだ。時間も十分前とちょうどいい頃合いになっている。


「ったく……。よってたかって人をおもちゃにしやがってよぉ……」


 散々俺達三人に弄ばれた遥は若干ご機嫌斜めのご様子。それを楓さんが必死──ではないかもしれないけれど宥めていて。


「ごめんって、遥。お詫びにちゅーしてあげるから許してー?」


 あれ? これって宥めてるのかな? 煽ってない? 平気?


「やめろって! こんな人前ですんじゃねぇよ!」


「じゃあ、帰ってから、ね?」


「あ、あぁ……。それなら、まぁ……」


「へへー、やったねっ!」


「うわっ……! ちょっ、こらっ、抱き着くなっ! 歩きにくいだろーがっ!」


「ちゅーは我慢するんだから、これくらいはいいでしょー? ねぇー?」


「あーもうっ、しょうがねぇやつだな……」


 俺の心配に反して、平気だったらしい。


 なんとなくだけど、楓さんに対する遥の態度が軟化してきているように感じる。もちろん、俺達が見ている前での話だが。楓さんが甘えた空気を全開にしているのでタジタジになってるだけかもしれないけど、後からはもうただのバカップルにしか見えない。


「ふふっ、私達も帰ったらちゅーしよーね? それとも、今しちゃう?」


 そんなのを見せられて栞が黙っていないのは、まぁいつものことだ。


「うーん、さすがに……。でも、ほっぺにくらいなら、いいかなぁ?」


「本当?! じゃあはいっ、どーぞっ?」


「俺がする方なのね。いいけどさ」


 適度に栞のガス抜きをしておかないと後が大変だからね。また朝から襲われたら大変だし。


 一応周りを確認してから軽く栞のほっぺにキスをする。うん、大丈夫。前を歩く遥と楓さんも振り返っていないし、誰にも見られてないはず。


「へへっ、私からもしてあげるね。涼、ちょっとだけ屈んでくれる?」


「うん」


 腰を落とすと頬にふにっと柔らかい感触。それと同時にニヤけそうになる。やっぱり栞からのキス、大好きなんだよね。


 栞との軽いスキンシップで充電をした俺は遥に声をかける。


「そういえば、遥。今日はどれくらい人が集まったの?」


 参加人数を聞いていなかったので気になっていたのだ。


「ん、あぁ。ボーリングは約半分くらいってとこだな。部活があるやつらもいるしさ。カラオケから参加ってのが十人くらいいて、焼き肉はなんと全員参加だ」


「おぉ……。そりゃすごいね」


 単に焼き肉が食べたいだけなのか、部活や他の用事があるからなのかはわからないけど、それでも全員参加とは驚きだ。


「あとは、真守さんも来れることになったぞ。なんでも改めて皆にお礼が言いたいらしいな。って、そんな話をすればだな」


「あっ、もう皆来てるみたいだね。ほら、紗月もいるよ」


「本当だ。先生もいるしね」


 折良く集合場所に到着すると、まだ時間にはなっていないもののかなりの人数が集まっていてガヤガヤと賑やかだ。


 向こうからも俺達に気付いたらしく、なぜか視線が俺と栞に集中する。そして、真っ先に先生が俺達に駆け寄ってきて物凄い剣幕で叫んだ。唾がバシバシ飛んでくるほどの勢いだ。


「ちょっと二人ともっ! 子供ができたってマジな話なの?!」


「「────へ?」」


 先生のまさかの第一声に俺も栞もあっけにとられてしまう。そうこうしている間に他のクラスメイトも俺達を取り囲んでいた。


「し、栞ちゃん……? もしかして、退学、しちゃうの……?」


 橘さんは泣きそうな顔で栞にすがりつき、


「おいっ高原……。それはさすがにまだ早いだろっ……」


 漣は俺の肩を両手でギリギリと力を込めて掴む。


「ま、待ちなさい、橘さん。まだ休学っていう手もあるから……。えっと、手続きってどうするんだったかしら……。あぁ、それよりも親御さんと面談が先……?」


 先生なんて先のことを考えてオロオロしているし。


 他のクラスメイト達は呑気なもので、


 ──あんだけラブラブなんだから、きっとそういうこともあるよねぇ。


 ──もう夫婦だし、子供くらいって思っちゃうよな。


 ──まぁ、あんな噂が立つくらいだしなぁ。


 ──高原夫妻はもうパパとママになるのかぁ。なんかすごいよねー。


 ──子供ができるってことは、つまり……。あぅ、また鼻血が……。


 いや、また鼻血っ! 

 ぶれないな、赤池さんは……。

 俺は少し前にようやく毎度鼻血を流している人が赤池さんだと気づいたのだ。名は体を表すというか、血ノ池さんじゃないだけマシと思うべきか。


 しかし、なんか説明するのが面倒くさくなってきたなぁ。でも、この騒ぎはどうにかしないといけないし……。


「栞……。さっきの、もう一回みたいだね……?」


「うん……。でも、なんでこんなことになってるんだろうね……?」


 俺達は揃ってため息を一つ吐き、誤解を解くべく口を開くのだった。


 ***


「あっははははっ!! なぁんだ、そんなことだったのね! もう、それならそうと早く言ってちょうだいよ! 取り乱しちゃって恥ずかしいじゃない!」


 ボウリング場に連城先生の笑い声が響き渡った。


 移動しながら遥と楓さんにも協力してもらって、どうにかこうにか誤解を解くことに成功したのだ。


 ちなみに遥と楓さんは今、皆を代表して受付をしてくれている。


「だから言ったのに。ちゃんと確認するまで鵜呑みにしちゃダメだって。誰も僕の話を聞かないんだから困ったもんだよ」


「だって事が事なんだものっ。あんな話聞かされたら落ち着いてるなんて無理よ!」


「まったく……。そうやって突っ走るのは茜の悪い癖だよ?」


 どうやらあの中で真守さんだけが冷静だったみたいだ。


「うぅ、ごめんなさい。でも、まさかその子供の正体がぬいぐるみだったとはねぇ」


 なんでも、栞が俺をパパと連呼しているところを目撃していたのが遥と楓さんだけではなく、その話を集まってきた他の皆にも話していた、というのが事の発端らしい。


 その時に声をかけてくれてればこんなことにならなかったんじゃないかとは思ったが、犯人探しみたいになるのがイヤなので発信源の特定はしていない。


「えっと、紛らわしいことしてごめんなさい……。涼もごめんね、こんなに騒がれちゃって……」


 そもそもの原因である栞は、今回の件が堪えたのかしょんぼりしている。


「ううん、いいんだよ。あの時は俺も楽しかったし、そんな顔しないの。ね?」


「うぅ……、涼ー!」


「よしよし」


 しがみついてきた栞の頭を撫でていると、遥達が戻ってきた。


「おーい、皆!受付終わったから始めるぞー! レーン分けはこっちで勝手にやらせてもらったけど、一応仲の良さそうな組み合わせにしておいたからな!」


「それじゃーっ、今日は目一杯楽しもーねっ! スコアトップにはなんとーっ! 特に何もありませーん!」


 どっと笑いが起こり、一気にその場の全員がわっと盛り上がる。遥も楓さんもこういうところ、すごいって思う。


「ほら、栞。俺達も」


「うん、そう、だねっ!」


 始まる前に一悶着はあったが、栞も明るい顔を取り戻してくれて。


 こうして明るいムードの中、打ち上げが始まった。

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