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第216話 映画の失敗と別の楽しみ方

 ──うーん、全く話が頭に入ってこない……。


 時々ポップコーンを摘んだり、コーヒーを飲んだりはしていたけれど、それでも開演してからずっと真面目に観ていたつもりだったんだ。


 役者がどう見ても二十歳過ぎで制服姿が浮きまくっているのと、逆に教師役が若すぎてむしろ主演と同じ年頃に見えるのはひとまず許そう。


 学園物のラブストーリーなのもかろうじてわかる。お互いに一目惚れから始まる恋愛を描いている、らしい。……たぶん。


 でも、問題はそのストーリー展開だ。切ない場面なのに突然コメディがぶち込まれたり、明らかにコメディパートなのにシリアスが挟まってきたり。大筋にしても、主人公とヒロインの距離が近付いたかと思ったらよくわからない理由で距離を置いたり、どうしてそうなったかわからないうちに仲良くなっていたり。


 おまけに二時間という時間にやりたいことを無理くり全部詰め込みましたと言わんばかりに、目まぐるしく場面が切り替わるのもきつい。


 感情がついていけずに、俺は完全に置いてけぼりをくらっていた。体感で半分くらい見終わったあたりのことだ。


 正直、面白い面白くない以前の問題で、この先を観続けるのはもはや苦行でしかない。


 ふと、栞はどんな顔でこれを観ているのか気になって横目で様子を窺うと、


「……」


 そこにあったのは無、栞は口を半開きにしたまま、ボーッとスクリーンを眺めていた。こんな栞は初めて見た。


 なんだか無性にホッとした。どうやら俺だけじゃなかったらしい。栞は俺と近い感性を持っているところがあるので、もしかしたらとは思っていたが。


 ただ、デート中なのにそんな表情をさせたまま放ったらかしにしたくはないし、なにより栞の可愛い顔が台無しである。


 どうにかしてあげたいな……。

 栞との初めての映画デート、つまらなかっただけで終わりたくないよなぁ。


 気分を変えるためにすっぱり切り捨てて途中退出もないではないが、それは無粋な気がするし、せっかく割高の料金を支払ったカップルシートが泣いてしまう。なら、他の手段を取るまでのこと。


 俺は無言で栞をつついて顔を向け、大きめに口を開けた。


 もちろん、食べさせてという意味だ。映画も主人公とヒロインが仲良く弁当のおかずを交換し合っているシーンに差し掛かったところだし、ちょうど良いんじゃないかな。


 俺の顔を見て意図を察した栞は顔を綻ばせて、開けていた口にポップコーンを放り込んでくれる。


 良かった、笑ってくれて。


「(ねぇ、私にもっ)」


 栞が口パクで伝えてきたので、俺からもお返しをする。開演前にもしていたことだが、こういう時の栞は本当に嬉しそうにするんだ。


 そんなことをしていると、スクリーンでは最後の盛り上がりに向かうようで、両片思い状態でぎこちなくイチャイチャを繰り広げ始めた。


 ここで俺は栞がカップルシートを選んでくれたことを感謝することになる。


 だって、栞が映画のシーンの真似をさせようとしてきたから。俺がタイミングよくポップコーンを食べさせて、なんてお願いをしたからなんだろうけど。


 主人公がヒロインの頭を撫でるシーンを観ては俺に頭を差し出して、上目遣いで『撫でて?』とおねだりをして、ハグをするシーンを観ては俺に向けて『ぎゅってして?』と両腕を広げてみせた。


 映画のヒロインより断然栞の方が可愛くて、俺は内心で悶えまくることになった。俺の好みは完全に栞に最適化されているので、どんなアイドルや女優が相手でも栞の方が可愛いとなるのは必然である。


 もちろん他でもない栞からのリクエストは全部応えてあげたさ。さすがカップルシート、うるさくさえしなければそんなことをしていても誰にも迷惑をかけることがないなんて素晴らしい。


 おかげでちょっと楽しくなってきた。


 そして恐らくラストシーン、無事に恋人同士になった二人が初めてのキスをする。いきなりかいっ、とツッコミを入れかけたが、よくよく思い返せば俺も人のことは言えない。母さんのせいで未遂に終わったけれど、もう少しというところまではいったのだから。


 そのシーンをチラ見した栞は瞳を潤ませて俺の顔を覗き込んだ。


 ──私達も、しよ?


 栞の瞳がそう言っている。本当に栞は俺をその気にさせるのが上手い。


 そんな顔を見せられたらもう映画なんてどうでもよくなってしまう。俺は完全に映画から意識を逸らして、栞だけを真っ直ぐに見据える。栞も俺だけを見てくれる。


 それっぽい感じのBGMだけは雰囲気作りに良い仕事をしてくれた。


 ゆっくり、たっぷり時間をかけて栞とキスを交わす。映画のぎこちなさを全面に押し出した演技感満載のキスとは違う、愛情のこもった本当のキスを。


 なんて、この時の俺はたぶんものすごく悦に入っていたと思う。よくわからない映画のせいで頭がバカになっていたのかもしれない。


 エンドロールが終わってシアター内に再び明かりが灯るまで、俺達は何度も何度もキスをし続けていた。


 ……って、本当にやっちゃったよ。まぁ、誰にも見られてないし、いっかな?


 *


「なんか残念だったねぇ」


 映画館を出て、ようやくそこで栞が映画の愚痴をこぼした。シアターから出る時には、周りにハンカチで目元を押さえている人もいたりしたので遠慮したのだろう。あんなのでも刺さる人はいるらしい。


 そんなことを言う割に、栞の顔はゆるゆるになっている。……あれだけキスしたんだから当然かな。


「栞、途中まで無表情で観てたもんね」


「だってぇ、こんなの選んじゃってどうしようって思ってたんだもん。なんか涼に申し訳なくって」


 今回の映画は栞のチョイスなので罪悪感に苛まれていたようだ。


「俺にならそこまで気を遣わなくてもいいんだよ。映画自体は微妙だったけどさ、あれはあれで楽しめたし」


 楽しんだのは映画じゃなくて、カップルシートなのをいいことにやらかした栞とのイチャイチャなんだけど。やっていることはいつもとほぼ同じだけれど、場所が違えば気持ちも変わるものだ。


「それは涼だからだよ。私の顔を見てどうにかしようって思ってくれたんでしょ?」


 あら、バレちゃってたか。


「そりゃ、ね。せっかく一緒にいるのに栞がつまらなさそうにしてたら俺がイヤだからさ」


「もう、涼ってばぁ……。だから涼好きっ」


 栞はふにゃりと顔を蕩けさせて、俺の肩に頬を擦り付けた。そしてため息を一つ吐く。


「でもさぁ、美紀のための参考には全然ならなかったなぁ。映画はやめといたほうがいいよってくらいかな?」


「もし二人の趣味に合えばその後で話も盛り上がるかもしれないけど、外した時が痛すぎるからねぇ」


 もし俺がなにもしなかったらと予想すると、二人揃って虚無顔になって映画館から出てくることになっていただろう。それじゃせっかくのデートも台無しだ。


 ただ、そこからどうにかリカバリーできたのは俺と栞が今の関係だからだ。新崎さんと藤堂ではこうはいくまい。


「慣れてない同士だしね、会話しなくても間が持つからいいかなぁって思ってたのに、思わぬ落とし穴だったよぉ……」


「まぁ、これで終わりじゃないんだし、次行ってみようよ。ゲーセン、行くって言ってたでしょ?」


「そうだねっ。こんなところでしょげてても時間がもったいないもんね」


「そういうこと」


 午後の予定は決まっているし、その前にどこかで昼も食べなければならない。時間は有限なのだ。その中で栞と目一杯楽しむのが今日の主題で、新崎さんのことはそこで思い付いたら、くらいにしておいたほうがいい。うんうん唸りながらデートしたって楽しくないし、いい案なんて浮かぶわけないんだから。


「私ね、ゲームセンターも初めてだから楽しみっ! 早く行こっ?」


「はいはい」


 栞に腕を引かれてゲーセンに足を向ける。ゲーセンは一つ下のフロアだ。ここのゲーセンは規模が大きいようだし、俺も期待していたりする。


「ねぇねぇ、涼。私ね、涼とプリクラっていうの撮ってみたいんだけど、いいかなぁ?」


 ゲーセンと聞いてゲームより先にプリクラが出てくるとは、栞も女の子の例に漏れずといったところかな。もちろん断る理由はないよね。


「うん、いいよ。でも俺、まだ若干写真は苦手意識あるからぎこちなくなったらごめんね」


「大丈夫だよっ。私がそんなの気にならなくしちゃうんだから」


「じゃあ栞に任せちゃおうかな?」


「はーいっ!」


 栞がどうにかしてくれるのなら、きっといい写真が撮れるはずだ。実績もあることだし、そこは信頼してるんだ。

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