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第214話 打ち上げの話とデートの約束

「ふーん? まぁ、ファンって言ってんならそういうことでいいんじゃねぇの? あんだけやらかしたわけだし、そういうこともあんだろ」


 呑気にそんなセリフを呟いたのは、弁当の唐揚げを箸で摘んで口に運ぼうとしている遥だった。これは昼食タイムで友人達に、朝に握手を求められた件を話して意見を求めた結果だ。


「でも、なんか建前っぽかったんだよねぇ。栞もそう思わなかった?」


 やらかしたっちゃやらかしたけどさ、あれだけでファンになるとは考えにくいんだが……。

 そう思ってるの、俺だけなのかな?


「私は連れていかれないかで必死だったからそこまでは……。でも、涼がそう言うならそうなんだと思うよ」


「えっ、なにそれっ?! しおりん攫われそうになってたの? 校内誘拐事件じゃん! そっちの方が大問題だよ!」


 それは俺も同感だったり。栞の可愛さが色んな人に認められるのは嬉しいことだけど、プールでナンパされてたこともあるし、実害が出るのは考えものだ。


「そこは涼が一緒なら問題ねぇだろ。現にこうしてちゃんとここにいるわけだしな」


「そりゃ、勝手に連れていかれたら一番困るのは俺だし」


 もう栞が近くにいない生活なんて考えられないレベルになっている俺。来年度で別のクラスになってしまったらどうしようかと、今からヒヤヒヤしていたりする。


「一番困るのは私だよぉ! あの時、すっごく焦ったんだからねっ?!」


「あ、そっか。ごめんごめん」


「もうっ。私を一人ぼっちにしたらヤダよ?」


「しないって。ちゃんと俺が掴まえとくから、ね?」


「えへへ。なら安心だねっ」


 栞が身を寄せてきたので頭を撫でてあげると、うっとりと目を細めてくれた。もう弁当なんてそっちのけ、このままよしよしと撫で回し続けようと思う。


「でもさ高原、なんでそこからあんなことになってたわけ?」


 そうだった。漣にはあの謎の手をニギニギスリスリタイムを見られてたんだっけ。その後一緒に教室に向かうことになったわけだが、栞はずっと俺の手に夢中でなにも答えてはくれなかった。


「それは栞に聞いてほしいかなぁ……」


「ん、私? あれはね、涼が女の先輩と握手したから、私で上書きしなきゃって思って。そしたらなんか楽しくなっちゃったの」


 えへへと笑う栞、可愛い。


「栞ちゃん、すっごく幸せそうだったよね」


 漣に見られたということは、セットで登校してくる橘さんにも見られているということでもある。


「だって私、涼の手大好きなんだもん。もちろん全部大好きだけどね」


「いつも絶対ぎゅって握ってくるもんね」


 一緒に歩く時はそのスタイルが多い。栞は手をしっかり握った上で、腕にも抱きついてくるんだ。


「よく飽きねぇよな……」


「飽きるわけないよ。涼の手だよ?」


「栞? それ、あんまり理由になってないからね? もちろん栞に手握ってもらうのは俺も好きだけどさ」


 俺の手が好きなのは栞だけだし、皆にはあまり伝わらない気がする。と思ったが、理解者はいるらしい。


「私はわかるよ? 私もね……、かづくんと手を繋ぐようになって、もっとこうしてたいなぁってなるから……」


「さっちゃん……。えっと、俺もだよ……」


「へへ、一緒だね、かづくん?」


 きゅっと手を取り合ってイチャイチャし始めた漣と橘さんはひとまず放置ということで。この六人の中でそれをとやかく言う人間はいない。言えないと言ったほうが正しいかもしれない。俺と栞は特に。今も俺の手は栞の頭の上なわけだしね。


 栞の発言から周りが甘い空気になってしまうのは、割とお馴染みになりつつある。そうじゃない事例もあるけれど。


 それがこちら。


「俺はわかんねぇなぁ……。ちっせぇ頃から彩とは手を繋がされてたしなぁ。もう今更感っつーか……」


「なによぉっ! 遥は私とは手繋ぎたくないって言うの?!」


「そこまでは言ってねぇだろうがっ! ただ、こいつらみてぇな感じには──」


「遥のバカぁっ!!」


「──ちょっ、やめっ……!」


 楓さんが遥の肩を掴んでグラグラと揺さぶり始めた。


 と、こんな感じだ。


 まぁ、遥と楓さんはこれが基本なだけで、喧嘩するほど仲が良いという見本の一つだと思うことにしている。


 まったく、遥は本当に素直じゃないんだから。楓さんはこんなに直球だっていうのにさ。


「とりあえず、楓さんはそれくらいにしてあげて……。弁当、飛び散りそうになってるから……」


 遥の左手の上には弁当箱がある。そんな状態で揺さぶられているのだから危なっかしくてしょうがない。俺が止めると、ようやく楓さんも溜飲を下げてくれたようだ。


「ここは高原君に免じてやめてあげるけど、帰ったらお仕置きだから!」


 ……やっぱり下がってないかも、溜飲。


「すまん、涼。ひとまず助かったわ、ひとまずな……」


「いや、それはいいんだけどさ。聞きたいこともあったし」


「ん、なんだ?」


「ほら、打ち上げのこと。他の人達には話してたみたいだけど、俺達はまだ聞いてないしさ。なにするのか気になってて」


 朝の出来事の話が昼までずれ込むことになったのは実はこのせいだったりする。朝からここまでの休み時間、ずっと遥と楓さんは他のクラスメイトに声をかけて回るので忙しそうだったのだ。


「あぁ、そうだったな。わりぃな、後回しになっちまって」


「別にいいよ。まとめ役、大変でしょ?」


「まぁ、俺と彩が言い出しっぺだから、そこはしょうがねぇよ。んじゃ、とりあえず伝えとくぜ。日時は昨日言った通り日曜の午後から、集合は13時だ。内容は、定番っちゃ定番なんだが、ボウリングとカラオケ、それから晩飯に焼肉って流れだな」


「おぉ……。なかなかハードそう……」


「私、ボウリングもカラオケも初めてなんだけど、大丈夫かな……?」


 不安そうな声を漏らしたのは栞だ。


「俺も……。って、言わなくてもわかってるかもだけどさ」


 なにぶん、一緒に行く人がいなかったからね。さすがに焼肉は家族で食べに行ったことくらいはあるけれど。


「大丈夫だって。そんなの適当に楽しんどきゃいいんだよ。カラオケも無理に歌わなくても盛り上げ要員になっててもいいしな。ってことで、あとは場所なんだが、これは涼の家からなら近いんじゃねぇかな」


「あぁ、ならあそこかな」


 俺の家の近く、と言っても歩くと20分くらいはかかる。うちから栞の家とほぼ反対方向に行った場所には複合型のエンターテイメント施設があるのだ。


 ゲーセンからボウリング場、映画館やカラオケ、おまけにパチンコと銭湯まで入っていて、一日潰そうと思えばそこだけで済んでしまうような場所だ。もちろん飲食店も入っている。俺は数回、一人で映画を見に行ったことがある程度だ。まったく、昔の俺は寂しいやつだったよ。


「一箇所でってなると他にねぇからなぁ。予算とかはまた改めて送るが、とりあえず今んところはそんな感じだ」


「わかったよ、ありがと」


 初めて参加する打ち上げというもの。そこでさらに初めてのボウリングとカラオケ、しかも栞も初めてとくればそれはもう楽しみでしかない。


 もしかしたら、栞の歌声も聞けるかもしれないしさ。そんなの、一発で虜にされる自信がある。鼻歌は聞いたことがあるし、あれで音痴ということはまずないだろう。


 ただ、俺と一緒に遥の話を聞いていた栞は思案げな顔をしていた。


「……どうしたの、栞? やっぱり初めてだから不安?」


「あっ、ごめんね、そうじゃないの。そっちは楽しみなんだけどね、ちょっと美紀との話を思い出してて」


「あー、昨日のやつね」


 新崎さんと藤堂のデートにアドバイスをするという話だ。俺もあれから考えてはいるが、さっぱりなにを言ってあげたらいいのか思いついていない。


「うん。それでね、とりあえず試しに涼と私で一回デートしてみるのはどうかなーって思ったの。日曜日、打ち上げが午後からなら午前中は空いてるし、皆より先に行って遊ばない?」


「それ、いい案かも。実際に考えながらしてみたら、なにか思い浮かぶかもしれないもんね」


 完全にフリーな土曜を指定してこなかったところをみるに、その日は一日のんびりイチャイチャするのをご所望らしい。


 明後日の金曜は栞はおそらくうちに泊まっていく。もちろん、文化祭の前に文乃さんとの交渉の末もぎ取った権利を使ってだ。つまり、そこからの流れでということになる。


 デートはデートで楽しみだが、俺達にとっては二人だけで過ごす時間はなくてはならないもの。言葉にせずとも、こういうところはわかってしまうのだ。


「でも、そのことばっかり考えてちゃダメだからね? 私達も楽しまなきゃ意味ないからね?」


「わかってるって。でもさ、栞と一緒なんだから楽しくないわけないよ?」


「えへへ、私も涼と一緒ならなんでも楽しいよっ!」


 そんなわけで急遽、俺達もデートをすることが決定した。普通に楽しく遊んで終わるだけにならなきゃいいけどね。


 それはそれとして、


「なになに? それ、なんの話ー?」


 興味津々な楓さんを含め、その場の全員に経緯を説明しなければならなそうな感じになっていた。二人の世界に入り込んでいた漣と橘さんもいつの間にか話を聞く体勢になっていたりして。


 栞の親友と藤堂がデートをすると聞いて、一同微妙な顔になっていたのは言うまでもないことだろう。藤堂も多少マシになってきているという話はしたはずなんだけど……、まぁそれは仕方がないよね。

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