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第200話 締めくくりと理想の形1

 最初の和菓子屋を出てから、そりゃもう飲み食いしまくった。歩いては食べ、食べては歩きを繰り返して、気が付けばすでに午後3時過ぎ。


 昼食? 

 そんなものは全部スイーツだったさ。


 生どら焼きにプリン、クレープ、パフェ、ティラミス。プリンとパフェなんて二回ずつ食べた。


 プリンは抹茶と、上にソフトクリームがのったもの。パフェは和洋がコラボしててっぺんにどら焼きの皮が刺さってたものとミニシューが何個か乗ったもの。


 全部栞と半分こしたとはいえ、さすがにこれだけ食べるとお腹も膨れる。それでも、甘いものは別腹だと言うだけあって栞は平然とした顔をしているけれども。


「ねぇ、涼? 次はなぁに?」


 ほら、こんなことを言えるほどに余裕がある。


「次で最後だよ」


「えーっ! もう最後なのぉ……?」


 あからさまにしょんぼりする栞。そんなに残念そうな顔をされても困ってしまうのだが。


「いや、たくさん食べたでしょ? それに帰る時間のことだってあるし」


 今日の夕飯は帰ってから食べる予定になっているのだ。満腹で食べられるかどうかはともかくとして、明日は学校もあるし、あまり遅くならないうちに帰らなければならない。


「うー……。帰りたくないなぁ……。温泉も良かったし、食べ物も美味しいし。なによりずっと涼と一緒にいられるし」


「明日からだって俺は栞と一緒だよ? さすがに夜は別々だけどさ……。でも、また来ようねって約束したじゃん。ずっといたらその楽しみがなくなっちゃうよ?」


 楽しい時間は過ぎるのが早い。この二日間、本当にあっという間にだった。もちろん、俺だって内心では帰りたくないって思ってるさ。栞と二人きりの幸せ一色な時間にこのまま溺れていたい。


 でも、現実だってちゃんと見ないといけないんだよ。真面目に学校に行って、進学して、就職して。そのどれもが栞とずっと一緒にいるためで、俺達が思い描く未来へと繋がっている。


 だから日常を蔑ろにしてはいけない。むしろ、昨日や今日みたいなのが特別なだけで、真に大事なのはそっちなんだ。


「うん……。そう、だね。んっ、我慢する」


「偉いね、栞。ご褒美によしよししてあげよう」


「やった! 涼に撫でてもらうの、好きっ」


 ご褒美なので髪を乱さないように気を付けて頭を撫でる。栞も気持ちよさそうに目を細めて、自分から俺の手に頭をすりつけてくる。


「はぁ……、でももうすぐ終わりなんだよねぇ。ねぇ、涼。楽しかった、ね……?」


 少しだけ寂しさを滲ませながらも、満足そうな栞の顔。終わりがけの今、この顔を見られたのならそれだけで俺も満足できてしまう。


「うん。また一つ思い出ができたし、これからもっと二人で思い出、増やしていこうね?」


「うん。約束、だよ?」


「約束するよ」


「破ったら、ダメだよ?」


「俺が栞との約束、破ったことなんてないでしょ?」


「そうだけど、一応ね。はい、涼」


 そう言って栞は俺の前に小指を立てた左手を差し出してきた。その意図を理解するのは簡単、子供でも知っている約束の儀式だ。


「念入りだなぁ……、いいけど」


 栞の小指に自分の小指を絡める。口約束だけでも十分だと思ったけれど、今まで指切りをする相手がいなかった俺としては新鮮でもある。


「えへへ。もし涼が嘘ついたら、私が針千本飲むからね」


「えぇ……、なんで栞が……? こういうのは嘘ついたほうが飲むんじゃないの?」


「だって、針を飲ませたくないって思ってくれてる間は、私のこと大事にしてくれてるってことになるでしょ?」


「そんなことしなくても、って──まぁ、どっちでもいいや。どうせ約束は絶対守るし」


 これに限らず、俺は栞との約束は全部守るつもりなのだ。


「うんっ。私も絶対守るよ」


 見つめ合うと自然とお互いに笑顔になる。


 今回の旅行だけじゃなくて栞との日々全て、それは俺にとってかけがえのない思い出になっているし、これからもなっていく。覚えていられないくらいの思い出で埋め尽くされたら、たぶん最高だ。


「それじゃ、締めくくりといきますか」


「あっ、そうだった。次の行き先聞いてるところだったね」


 もう今から帰るみたいな空気になっていたけれど、まだもう少しだけ時間は残っている。とっておき、ってほどじゃないけれど、締めには最適だと思うところを調べてあるんだ。そこまではしっかりと満喫しないと。


「ラストはね、ソフトクリームだよ。ちょっと変わったやつだけどね」


「ソフトクリーム……、楽しみっ──なんだけど、少し身体冷えてきたかも……」


「大丈夫。それもちゃんと考えてあるから」


 最初の温泉まんじゅうの後は冷たいものが多かったこのスイーツ巡り。俺だって寒くなってきたくらいだ。


「考えてあるって? 温かいソフトクリーム、なんてないよね……?」


「それはないと思うけど、とにかく着いてからのお楽しみってことで」


「涼がそう言うなら、期待しても良さそうだね」


「おぉ……、そりゃ責任重大だ」


 その期待に応えるべくその目的地へと向かったのだが、


「あっ! もしかして、足湯?」


 店内に入るとすぐに栞にバレてしまった。


 それもそのはずで目に留まりやすい場所に浅い浴槽がある。ご丁寧に大きく足湯とも書かれているので、これでバレない方がおかしいのだけれど。


「うん、ここは足湯に浸かりながら食べられるんだって。宿を出る前にも入ってきたけどさ、やっぱり温泉地に来てるんだから最後はって思って」


 ついでにここまてで冷えた身体も温まって一石二鳥というわけだ。


「さすが涼、わかってるね! じゃあー、さっそくお目当てのものを買って入ろうよ!」


「だね」


 というわけで本日最後のスイーツ、それは温玉ソフト。ソフトクリームに温泉卵がトッピングされた変わり種。味噌のソースがかかっていて甘じょっぱい感じになる、のだと思う。


「へぇ……。ソフトクリームに温泉卵……。合うのかな?」


 栞は受け取った温玉ソフトをしげしげと眺めながら期待と不安が入り混じったような顔をしている。


「わかんないけど面白そうじゃない?」


 調べた時の口コミでは賛否色々ありそうな感じだったけれど、外したらその時はその時、それもいい思い出になるだろう。


「確かにね。でも、もし合わなかったら……、お口直しにまたプリンでも食べよっかなぁ」


 栞の視線は店内に置かれているプリンに向かっていた。店ごとに違うものだから気になるのかもしれないけどさ。


「まだ、食べれるの……?」


 栞のお腹に俺はびっくりだよ。


「いけるよ? 半分こにしてたけど、ちょっとずつ涼に多く食べてもらってたもん」


「そうなの……?!」


 もちろんキレイに半分ずつ食べていたとは思ってなかったけど、意図的にそんなことをしていたとは気が付かなかった。


「色々楽しむためにね。って、そんなことより早く足湯入ろうよ」


「あ、うん。そうだね。俺が持ってるからさ、栞が先にどうぞ。リョー君も預かるよ」


「ありがと、涼」


 栞からリョー君と温玉ソフトを受け取りながら、足湯スペースへ移動する。そこはかなり盛況のようで、空いているのは端っこの一角だけ。二人で座るには少々狭そうだが、まぁくっついて座ればなんとかなるだろう。


 その横には老夫婦と思しき二人が仲良く寄り添って足を湯に浸している。そこへ栞が声をかけた。


「お隣、お邪魔してもいいですか?」


「えぇ、もちろんよ。ほら、おじいさん、少し詰めて」


「あ、あぁ……」


 やっぱりご夫婦で間違いないようだ。二人揃って少しだけ移動してスペースを広げてくれた。


「すいません、ありがとうございます」


「いえいえ、いいのよぉ」


 こういうところを見ると、やっぱり栞はしっかりしてるよなって思う。礼儀正しいっていうかさ。


 栞は空いたスペースに腰を下ろして、履いていたショートブーツと靴下を脱ぎ、ちゃぷんとお湯に足を沈めた。


 だがそれは一瞬のことで、


「いっ……!」


 栞は顔を顰めて、お湯から足を引き抜いた。

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